伊予の戦女神
□蒼天の舞、煌めく簪
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丁度視界に映った風に舞う桜の欠片を何気なく見つめる。
「九郎殿は大変だねぇ」
「今日の雨乞いの儀、九郎は鎌倉殿の名代として来ていますからね。忙しいのは仕方ありません」
「そういう弁慶殿は?」
斜め後ろにいた弁慶を一瞥する。
九郎殿の側にいなくていいのかい?と訊くと彼は困ったように笑って首を横に振った。
「お呼ばれしているのは九郎だけですし…何より僕自身、後白河院は苦手でして」
「ふぅん?まあ、政に関してで後白河好きは少ないだろうし人徳に関してもそれなりだから弁慶殿がそう思うのも無理はないね。あの好色爺が」
「好色爺?何かされたんですか」
「(弁慶殿の目が怖い…)いや僕の女友達がさ、後白河に酒を届けに上京したんだけど…なかなか帰って来なくてね。二年たってやっと帰ってきたと思ったら後白河に食われてたらしくて…」
「食われてたとか下品な事を白昼堂々言うな宇鷺」
「おやおや照れてるのかい?」
宇鷺と弁慶の会話がたまたま聞こえたらしく、姫君たちに聞こえるだろ!とジロリとヒノエに睨まれてしまった。宇鷺は扇で肩を叩きながらころころ笑う。
初(ウブ)じゃあるまいし、年頃の子なら皆興味があるだろう
そう言いそうになったのをグッと堪え、垣間見えたヒノエの少年らしさに深緑の目を細めた。まったく可愛い奴め。
「…なんか激しく勘違いされてる気が……」
「なんのことかな」
「ところでヒノエ、ずっと気になっていたのですが…なんですその大荷物は」
梶原邸を出たときからヒノエの手にある包みを指差す。
児一人は裕に入れそうな紫苑の風呂敷に包まれた大きな荷物。大きさはあるが重くはないようでヒノエは片手で軽々と持っている。
弁慶が荷物とヒノエを見ると、ヒノエはピクリとこめかみをひくつかせ間いれずに宇鷺がふはっと吹き出した。
「(苛っ!)俺の荷物じゃねえよ。あーこれは何だろうなぁ野河通の」
「神の怒り」
バキッ「ちょ、あぶねぇ!」
「わっるいねぇ手が滑った」
「どうやったら俺の顔面に拳が滑るんだよ!」
「(…ヒノエが宇鷺殿の華麗な鉄拳をかわしてなければ確実に大惨事でしたね、あの威力)」
ヒノエの頬辺りの赤い髪がパラッと舞い、その頬すれすれに突き出された拳にヒノエは思わず横目で距離を測る。
指二本。指二本分先に宇鷺の拳。
宇鷺はにっこり笑った。
「たかが荷物持たせてるぐらいでガタガタ言ってんなよ」
「「(兄貴…!)」」
野性的な鋭い眼に圧倒された弁慶とヒノエは、今後宇鷺には逆らうまいと心に刻んだ。