伊予の戦女神
□蒼天の舞、煌めく簪
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「うっわ〜…随分と沢山人がいるねぇ」
こりゃあ人間の波のようだ、と扇を片手に宇鷺は他人事のように嘲笑を漏らした。
古(イニシエ)より龍神に愛されてきた神聖な場所、神泉苑。今日はそこで雨乞いの儀が執り行われると朝から沢山の人が観覧しに集まっていた。
農民から商人、下人から貴族まで多様な身分が一同に集結し、今か今かと儀が始まる時を待っている。こんなのは滅多にお目にかかれない貴重な光景で、宇鷺は物珍しげに周りをぐるぐる見ていると望美が宇鷺の紫苑の衣をくいくい引っ張った。
望美はにこにこ笑っている。
「今日はこうして雨乞いの儀を見に来れたのは、宇鷺さんが星の一族の場所を教えてくれたからだよね。ありがとう宇鷺さん!」
「いやいや。喜んでもらえてなにより」
元気で可憐な源氏の神子に、普段通りのへらっとした笑顔を浮かべた。
本来ならば今日は星の一族が住まう嵐山に向かうはずだった。というのも、昨日まで霧のように住所が不明確だった星の一族の場所を宇鷺が内密に調べ上げて明らかにさせたからだ。
人脈を使って調べていた景時の見通しだと、星の一族の調べがつくのはよくて三日かかるとしていたが宇鷺はそれを一日であっさりと見つけてしまい、今朝皆が集まっている朝餉にて告げた。予定よりも早くわかったので、嵐山に行く前に神泉苑に寄って雨乞いの儀を見ていきたい、と望美が言い出し今に至る。
「なんだかわくわくしてきちゃったな。いつ始まるのかな〜っ」
「どうしたお前たち。俺に何か急用か?」
「あ、九郎さん!」
人混みを掻き分けて持ち前の堂々たる威厳で現れた九郎に、望美は嬉々と駆け寄った。
まったく、普段は喧嘩ばっかりしてるくせに…現金というかなんというか。
…よっぽど楽しみだったんだねぇ。
目を細めてくすりと笑った。
「ちょいと見学でもさせてもらおうと、ね。もう始まるのかい?」
「ああ。なんだ来たかったのなら言えばよかっただろう。今から席を用意させる」
「あ、九郎さん…っ」
「…おやおや」
言うだけいってくるりと踵を返し、また九郎は人混みへ消えて行ってしまった。望美は驚いたように目を丸くしてその姿を見送る。
この人だかりや九郎との会話の短さを見ると、今日は余程忙しい日なのだということが窺える。たかが雨一つ望むだけにご苦労な事だ。
パシン、と扇で肩を叩いた。
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