伊予の戦女神

□紅い蝶、金の蝶
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「神泉苑の雨乞いが終わるまでは、先生を探しにも行けないのか…」

「まさかわざわざ鞍馬山まで赴いて結界を解いたっていうのに、本人様不在とはね」



宇鷺はお茶を飲みながら、望美から聞かされた話に肩を竦(すく)めた。

望美の先生であり源九郎義経の師であるリズヴァーンを探して鞍馬山まで行った一行。張られていた厄介な結界を、これまた陰陽師の中で名高い梶原景時に解いてもらいながら上に辿り着いたというのに、当の本人はいなかったという。

望美曰く、神泉苑にいるのではないかと思っているが、ちょうど後白河院が催す雨乞い儀式は神泉苑で行われるから今入れないのだと。



「けれど、ここでこうしていても何の解決にもならないわね」



景時の妹御、朔が溜め息混じりにお茶を嚥下する。
それにならって望美もお茶を飲んだ。



「ね、試しに一度神泉苑に行ってみようか」

「無駄じゃないかい?そのリズヴァーンって人は鞍馬山に住んでいるんだろ?鞍馬山に住むってくらいだから人目がいやだからそこに住んでいるのさ」

「宇鷺殿の言う通りだ」

「おや、九郎殿」



淡い空色の着物を靡かせ、九郎は会話の輪に入る。

宇鷺と九郎は面識が無かったが、彼らが鞍馬山帰省の際に既に挨拶は済ませていた。最初は何処のものだと疑われたが、ヒノエが八葉であること、そしてヒノエの付き添いだと言ったら疑念を完全に払拭してもらえたわけじゃないがこうして普通に会話出来るようになった。



「先生は人の多い場所には出られることはほとんどないだろうな」

「そっか…待つしかないんだね」

「そうだな、お前達は休んでいてくれ」

「どっか行くのかい?」

「俺は後白河院の雨乞いの儀式に呼ばれているんだ。兄上…鎌倉殿の名代という立場にあるからな」

「(ふぅん……)」



そう言った九郎はどこか誇らしげに言葉を刻んでいた。

確かに源氏にとって、後白河院と繋がりを持つのは一門の大事だ。雨乞いの儀式を通して、京の貴族だって東国武士がどれほどのものかと吟味するだろう。

そんな大役を兄上に賜ったんだ、兄を尊敬する九郎殿にはこれほど嬉しいことはないだろう。

だが……

鎌倉は九郎殿に雑務を押し付け自分から遠ざける。けど九郎殿は必要以上に役をこなしてしまうから九郎殿の名が上がる。段々と九郎殿は鎌倉よりも名声を受ける。

それは果たして九郎殿にとって、源氏にとって良いことなのだろうか?



「(見極めなければいけないな…)」



この僕が、これからの為に

歩むべき道を





「どうかしたの宇鷺殿?ぼ〜っとして」

「ああ、景時殿。この邸には書物庫ってあるかい?調べたいものがあるんだけど」

「あるよ〜小さいけれどね」

「そうかい、じゃ使わせてもらうよ」

「え、ちょっ宇鷺殿?」



すっと立ち上がった宇鷺に、景時は驚いたように目を丸くする。



「場所わかるの?」

「冒険しながら探すさ」



探すのは得意でね、と不敵な微笑を残し宇鷺はこの場を後にした。


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