伊予の戦女神
□邂逅
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「弁慶さん、彼の具合はどうですか?」
「ああ、もう大丈夫ですよ。外傷もなく病を患わっているわけでもないようですから、今はただ眠っているだけです」
「そうですか…良かった」
誰かがほっ、と安堵の息を漏らす音。
この声はヒノエじゃない
誰だ……?
「…だ…れだ………」
「!良かった、目を覚ましたんですね」
重たい目蓋をゆっくりと上げる。
まだ霞む視界に映る鮮やかな若草色に、僕は頬を微かに緩めた。
あの時六波羅にいた、八葉の……
「…世話をかけたね、少年」
「譲です。俺の名は有川譲。どこも悪くなさそうで安心しました」
「そうか…譲か」
良い名だ…と呟き、頭を撫でれば譲は目を見開いて固まる。暫くして僕からパッと目を反らし、世話しなくそこかしこに視線を巡らせ始めた。
ほんのり染まっている赤い耳を見て思わずフッと笑う。
「ところで譲、ここは?」
「あぁ、此処はですね……」
「戦奉行・梶原景時の邸にある僕の治療部屋ですよ。気分はいかかですか?」
「ん…まだ頭ぐらぐらする…って、あ」
譲に尋ねたはずなのに全くの見当違いな方向から返ってきた返事。柔らかくて、優しい声。
まるで魔法にかけられてしまったかのように、誘われるようにそちらを振り向く。
たゆたう栗色の髪、白い肌…その人を見た瞬間、僕は満開の桜が脳内に鮮明に咲き誇った。
舞い乱れる紅の花びら。
「桜、来の宮……」
「先刻ぶりですね」
まさかこんなすぐに逢えるとは思っていませんでしたよ、とにっこり微笑む宮に僕は情けない姿を晒してしまったと渇いた笑みを浮かべた。
どうせ逢うならまともな格好の時に逢いたかったねぇ、と働かない頭でぼんやりと考える。今の姿が情けないったりゃありゃしない。
溜め息をついた先の不意に開けた襖から見えた薄紅色のツツジが美しかった。
「まさか一日もたたずに再開するとはね…驚きさ」
「貴方がおっしゃった縁も、満更嘘ではなかったみたいですね」
「なんだい、信じてなかったのかい」
「少し」
ふふふと栗毛の髪を惜しみなく揺らしながら笑う宮に僕は肩をすくめる。
あまりにも美しく、楽しそうに笑うものだから二の句が出てこなかったんだ。
「お二人は知り合いだったんですか?」
何も知らない譲が目を丸くして僕と宮を交互に見つめる。そりゃあね、源氏の軍師様と浮浪者じゃ共通点ないから不思議だよね。
んーと唸り曖昧に笑ってチラッと宮を見る。
彼は唇に人差し指を当てていた。
「(しー……)」
「(…!)」
「この方とは先程少しご縁がありまして、ね」
「へぇ、すごい偶然ですね。俺もさっき会ったばかりなんですよ」
「ふふ、何かを示唆しているのかもしれないですね。ところで譲君、ヒノエに彼が起きたと教えてあげてもらえますか?」
何とも絶妙に話題を転換し、きっとそわそわしながら待ってるはずですからと宮は意地悪く笑う。それに感ずいた譲はやれやれというように微笑み腰を上げた。
僕は僕で、僕のことを想いながらそわそわしているヒノエを想像してしまい、思わず吹き出す。
「ぶふ…っ!あのヒノエがそわそわって!」
「…ヒノエが戻ってくる前にはその笑い止めてくださいね」
「ふはっ、ふ、わか、った…!」
冷めた譲の視線をうけながら、笑いを堪えつつ彼に手を振って行動を促した。ふぅとため息一つ零して譲は渡廊の奥に消えた。