平和ノ詩ヲ謳歌シヨウ
□銀座カレイドスコープ
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チュン、チュン
「ふう」
格子で区切られた深い森と鳥の囀りを背に、自分は大きく息を吐く。
6月20日。
大正時代にトリップして2日目の朝。肉体にも精神にも不調はなく、2日目にして慣れた手つきで身だしなみを整えていく。昨日はコートを羽織ったが今日は薪割りと素振りを考慮して腕にかけた。
癖のある髪を一つに結って、カチャリと静かにドアノブを回した。
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「おはようございます。高塚さん、ダリウス公」
朝の薪割りと素振りを早々に済ませて、足早に食堂に足を踏み入れる。実は本日ここに来るのは2度目で、薪割りを終えたタイミングで温度を気にしなくても良い料理(サラダとか)を運んでいた。その後はルードさんがベーコンやら目玉焼きを焼いていたので、お手伝いできない自分は警棒で素振りをしていたのである。
二人は先に朝食に手を付けていたようで、わざわざ顔を上げて自分を見てくれた。
「白菊さん、おはようございます」
「おはよう。今日も薪割りかい?」
「はい!朝から良い汗をかきました」
朝から身体を動かすのは気持ちが良い。ましてや静謐な木々に囲まれながらなので尚の事。溢れる喜びのままににこにこしながら昨日と同じ席に座ると、正面で目を丸くしている高塚さんと目が合った。
「薪割りって?」
「ああ、高塚さんには言っていませんでしたね!自分、朝は裏庭で薪割りをさせていただいているのであります」
高塚さんは「え」と声を零す。そして申し訳なさそうに視線を落とした。
「私もお手伝いした方が…」
「とんでもない!薪割りはトレーニングの一環としてやっているだけであります!高塚さんは気にせず、きちんと自分のコンディションを整えることが大切です」
「白菊さん、すみません。白菊さんも私と同じでこの世界に来たばかりなのに」
「いえいえ。自分は大人で、高塚さんは子供です。大人が子供を守るのは当然であります」
「そういえば白菊さんっておいくつなんですか?そんなに私と離れていないようにみえるけど」
「自分は19です」
「えっ19?」「19!?」「…19?」
「????」
高塚さんと会話していた筈なのに多方面から驚きの声があがり、首を傾げる。
「なにかおかしかったですか?」
「警察官なのでもっと年上かと思っていたんです」
「警察になるためには最初に試験があって、大卒・短大卒・高卒の3つの区分で分かれています。自分は高校卒業と同時に試験を受けて合格しているので、19歳でも警察官になれたのであります」
「へえ…大学を出なくても警察官になれるんですね」
「そうですね。でもキャリア組…警察庁に入庁したいなら大卒でなければいけません。なぜかというと警察庁は国家公務員なので、国家公務員採用試験を受ける必要があります。その試験を受けるためには前提として大卒でないといけないのです」
「なるほど」
高塚さんは真剣な顔でウンウン頷いている。もしや警察に興味が…!と希望を抱いたが、この職業に可憐な高塚さんが…と考えるとかなり複雑な気持ちになった。
「(警察官も良いですが、他にも素敵な職業はありますよね…)」
「私は16なので、白菊さんとは3つ違うだけなんですね。たった3つなのに、白菊さんがとても大人に感じます」
「そ、そう思っていただけて光栄であります」
「…19歳の君が、どうやってあの射撃技術を身に着けたんだい?純粋に気になるな」
朝食を食べ終えたダリウスが、好奇を孕んだ眼差しを自分に向けている。ギクリと肩を揺らした。
「(ええと…なんて言えばいいのか。サバゲーとか、ゲーセンのシューティングゲームをやりまくったお蔭だと思うのだけれど、この時代の人になんて言えば…)」
「ああ、答えたくないのなら無理に答えなくていいよ。不躾な問いをしてしまってごめんね」
「ちちちち違うであります!ちゃんと合法です!ただ自分たちの世界の娯楽をダリウス公になんて説明すれば伝わるのかを考えていて…!」
「ちなみになんですか?そのままの言葉で私に教えてください」
「高塚さん…。サバゲーとゲーセンのシューティングゲームです」
「…確かに難しいですね」
二人でうーん、と唸る。見兼ねたダリウスが苦笑した。
「じゃあ訊き方を変えようか。梓は桔音が言っている事柄をしたことはあるのかい?」
「私はあまり。そういう事に積極的ではなかったから…」
「ということは好みが極端に分かれる行為ということだね」
「サバゲーは擬似的な戦争、シューティングゲームも擬似的な銃弾戦だから…クラスメートの男子たちはよくやってたかも」
「擬似的な戦争…ね。よく分かったよ」
そう言ってダリウスはガタリと席を立つ。彼らしからぬ荒い立ち方だと思ったが、何も言わなかった。
「桔音は戦うことが好きなんだね」
口元に微笑みを浮かべたまま、剣呑な眼差しが自分に突き刺さる。やはりと言うか、さきほどの発言で軽蔑されたのは明白だった。しかし、その勘違いは自分にとって侮辱と同じだ。
「いいえ、違います」
「………」
「自分が倒しているのは、いつだって悪者だった」
シューティングゲームはゲーム好きな自分が手を出したジャンルの一種だった。撃つ対象はゾンビだったり妖怪だったり様々だけど、そういったゲームは決まって撃つ目的が「誰かを守る」か「自分の身を守る」だった。シューティングゲームの醍醐味は非日常の銃を扱って何かを撃つ、射術センスを上げるだと思うが、自分がプレイする理由は違った。
『生かすため』だった。
主人公や守る対象をどうすれば生存させてあげられるのか。そればかりを考えてトリガーを引いた。精度を上げて、弾を無駄にしないように残弾数を考慮して、何度も何度も敵を撃った。最後に主人公が「やったぞ!生き残った!」と歓喜している様子をみても、何発か当たったから怪我を負わせてしまった…と悲しくなり、また100円玉を筐体に入れる。
サバゲーはその延長線だった。実技で学んだことをゲームでも活かせると思ったのだ。
…現実とバーチャルを混同させてはいけないと当時学んだ。
「(…こんなこと、ダリウス公に説明できないけど。する気もないけど)」
かなり大きなジェネレーションギャップについ苦笑してしまう。現代のジェネレーションギャップなんて可愛いもんだと、年齢がふた回りも上の上司の自慢話を思い出して、首を竦めた。
「…それよりもダリウス公。本日は出掛ける御用があったのでは?昨晩おっしゃってましたよね」
「そうだね…俺はそろそろ出かけるよ。中座してすまないね」
微妙な雰囲気をどうにかしたくて、分かりやすくダリウスにご退場を願う。ダリウスも別段気分を害した様子はなく、数分前よりも柔らかな声音になっていた。
「ルード、後のことは頼んだよ」
「お任せください」
「ではね。怨霊退治、つきあえないけれど無理をしないように」
その言葉は高塚さんのみに向けられ、ダリウスは消える。自分はすっかり冷めきってしまった目玉焼きにナイフをさし込んだ。白身の欠片をフォークで刺してもしゃっと食べる。生憎とナイーブな心を持ち合わせていない自分には、いつも通り目玉焼きを美味しく食すことができた。
「飲み物、ここに置きます」
「あ…ありがとう。いただきます」
「(あ、あれって今朝自分が絞ったリンゴとレモンの…)」
あのダリウスが気分を害すならルードさんも…と思っていたが、ルードさんは特に気分を害したような素振りはなく、早朝と同じ涼しい顔で高塚さんの前にジュースを置いた。そのジュースには心当たりがあり、口を動かしながら二人を見る。
高塚さんは目をぱちぱちさせつつジュースを飲み、たっぷり一拍分くらい薄い琥珀色の水面を見つめた。
「ルードくん。これ、もしかして私のために作ってくれた?」
「あなたには、早く本調子になって神子としての力を発揮してもらわないといけませんので」
「(………)」
『白菊さん、今いいですか』
『なんでありますか?』
『リンゴとレモンを搾ってください』
『了解であります。しかし、何に使うのですか?』
『…貴女は知らなくていいことです。早めにお願いします』
「(ルードさん、素直じゃないですね)」
「何か言いたそうですね、白菊さん」
「あー…い、いえ、今日のスケジュールを拝聴したく」
「朝食が済んで用意を済ませたら8時に玄関へ来てください。梓さんもですよ」
「うん、わかった」
「自分はとくに用意もないので、皿洗いを手伝うであります」
「…そうですか」
「(あれ、嫌そうな顔をしない)」
昨日の今日で驚きの変化だ。頑なに台所に入れたくなさそうだったのに、一体何が。
「なら早く食べてください。あなたが一番最後ですよ」
「なんと!」
慌ててもりもり食べる。食べ終わる頃には高塚さんは一足先に部屋に戻ったため、自分とルードさんだけが残っていた。
彼はじっと自分を見ている。
「もしかして自分とダリウス公の話でありますか?ダリウス公の気を悪くしてしまったのは謝ります」
「私に謝罪されても困ります。ましてや、申し訳ないと思っていない謝罪なら尚更」
「………」
「あなたは少し…いえ、かなり自分に無頓着すぎます。どうにかしてください」
「ど、どうにかしてくださいって言われても……」
具体的にどの部分のことを指摘しているのかを教えてくれないと、直しようがない。
「ダリウス様は聡明な方です。あなたの考えなど筒抜けだと思ってください」
「はあ……」
「しかし、初めから説明を怠るのは失礼な行為です」
「!」
「次からは控えてください」
ルードさんは言いたいことだけ言うと自分のテーブルから食器を引っ手繰り、スタスタと廊下を歩いていった。「手伝い…」と腰を浮かせたが、テーブルの端に置いてあるグラスに気が付き腰を落とす。薄い琥珀色のリンゴとレモンのジュースが杯を満たしている。
「…わからない」
高そうなグラスを引き寄せて、ぽつりと呟く。
ダリウスたちが求めていたのは高塚さんなのに、どうしてアタシに構うんだろう。アタシは高塚さんさえ守れるのなら誤解されたままでいいのに。
すん、とジュースの香りを嗅ぐ。リンゴの爽やかな香りとレモンの酸っぱそうな香りが鼻孔を刺激した。
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