平和ノ詩ヲ謳歌シヨウ

□刹那モヴィエンド
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――――長きをもって


栄えし世にも、終末が来る


水を失い、月も消えれば


龍神の神子が舞い落ちる


神子は八つの葉を求め


龍の御世を望むが


その願いは叶わない


昏くも明るき空の下


白光が時の外まで飛び


――――そして


龍神の裁きが下されるのだろう








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+

+






「(龍神ってなんだ……?)」



アタシは仄暗い微睡みの目を醒ます。

『目を醒ます』という表現は正確には正しくなくて、瞼は開かず意識だけが混濁の空間に浮上している感じだ。紺、藍、濃紫、青鈍、蘇芳…寒色で、しかも鈍く暗い色が混ざり合ってぐるぐる廻る異空間に自分はいた。空間もぐるぐるしているが、自分の体もぐるぐるしている。目に見えない濁流に流されているみたいな感覚だった。

ここはどこだろう。アタシは死んだのかな。



「(そんな筈ない…死んだにしては穏やか過ぎる)」



音も温度も何も感じない。流されているという感覚はあるのに、風さえも感じない。不可思議な感覚の中、そっと胸の上を触れた。



「(心臓、動いているな)」



トクントクンと、以前と変わらずに一定のリズムを刻んでいる。気になって首筋の動脈にも触れたけど、異常なく脈が動いていた。

どうらや死んではいないらしい。

そうだとわかってほうと安堵の息を零した。



「(ここに来る前、自分は何をしていたんだっけ……)」



脳が異空間に干渉されているのか、やけにこの状態に陥る前の記憶が朧気だった。



「(いつも通り夕方のパトロールをしていて…花の裂け目でご婦人に会って…猫を助けて…少年と病院に行って…)」



警官の先輩と連絡を取るために、病院特有の白さに軽く眩暈を覚えながら、階段を何段も昇っていた。少し錆びたドアを押して、屋上のコンクリートの上に革靴を付けた。コツンと音が鳴った。



「(それで…結局携帯がなくて……)」



何気なく上を見たら空が暗くなっていた。

丁度今いるこの空間のように。



「(それで…女性の声が聞こえた)」



「助けて」と。

暗い空に引きずられるように浮上していく女性が、必死になって助けてと叫んでいた。



「それで…それでアタシは助けようと手を伸ばした!」



固く閉じて開かなかった瞼が、熱したアサリのように勢いよくパカッと開く。痛いくらいに見開いた両眼でバッと自分の右手を見た。

あの時伸ばした右手には当然のように何もなくて、歯噛みして強く拳を握った。



「アタシは目の前で助けを求めている女性一人、守れなかった…!」



眉を顰める。ギュウウと黒い皮手袋が音を鳴らした。その音がまるで自分の心の悲鳴と共鳴しているみたいで、手に力が籠もる。

悔しい。

悔しい。

自分は困っている人を助ける為に警官になったというのに。



「なんて…役立たずなんだ……」



瞼をきつく閉ざす。

そういえば自分と一緒に手を伸ばしたもう一人の男性も無事だろうか。もしかしたら自分と同じようにこの異空間に飛ばされたのかもしれない。

せめて、彼と女学生が一緒だったら嬉しい。

長い時間こんな場所に1人で居ては、気がおかしくなりそうだ。

いや、もう自分は手遅れかもしれない。



「こんなにも…悔しい思いはしたくなかった…」



体の奥から湧き上がる罪悪感と自責で、涙が溢れる。

どうして守れなかった。

どうして彼女が屋上にいた事に気付けなかった。

どうしてもっと早く走れなかった。

もう少し異常に気付くのが早ければ、この手は届いたかもしれないのに。

この手が。



「…今度、もし会えたのなら……」



綺麗なワインレッドの髪に、美しい蝶の髪飾りを付けていた彼女。

名前も知らない女学生だけれど、

それでも自分は願わずにはいられない。



「この手で、必ず守るであります…」



上に向かって手を伸ばす。

唯一露出している手首の白さだけが、瞳に焼きついた。



「守りたかった、な」



ぽたりと雫が頬を伝う。

そしてここで、自分の意識は闇に飲み込まれた。








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