お伽噺ー零ノ域ー

□すりガラス越しの真実
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「村に点在する道祖神らしき石仏には他の地域に見られる男女神のものとは違い、双子の巫女らしき仏が刻まれているのは知っているな?」

「はい。村の入り口で見かけました」

「村の子供らによると、この『双子巫女様』は村の神として祀られているらしい。この屋敷に残る古文書を調べたところ、双子巫女のことを『紅贄』と記している部分があった。そこで私は君のおばが言うお祭り…『秘祭』とはこの『紅贄』にまつわるものなのではないかと仮説をたてた」



真壁さんは周囲の書物をどかし何かを探し始めた。目的のものが見つかったようで、下に埋もれていた書物を引っ張り出してパラリとめくる。



「私は他の村でも類似した祭の存在を調べたことがある。古くはどの地方にも地鎮祭というような祭りが存在した。その多くは供物として生贄を備えて神の怒りを鎮めるものだ」

「生贄…って」



私はゾッとして真壁さんを見る。

まさか、人間…を…?



「…あくまでこれは私の推測だが、『守り神』として祀られている『双子巫女』の役割は、おそらく生贄となることだろう」

「………」

「『守り神』となった双子巫女は『紅い蝶』となり、この村に帰る」



パタンと閉ざした書物の音に私はしばらく動けずにいた。

もし。もしその仮説が正しければ。



「…私が今まで見てきた紅い蝶は…人間の、魂…?」

「そうなるな。だがまだ確定したわけじゃない」



「まだ調べてみるつもりだ」と言った真壁さんに私はどんな表情をすればいいのかわからなくなってしまった。

おば様の手紙は、本当だった。

真壁さんは何度も仮説だと言うけれど、こんなにも部屋に引きこもって長い時間をかけて辿り着いた結論だ。仮説という言葉なんかで済まされないことぐらい、とっくに気付いている。



「それにしても死霊の化身…か。あながち外れてはいないな。君のおばは勘がいい」

「…紅贄は、どんな条件が揃えば行われるんですか?」

「これも仮説だが、おそらく他の村からの奉納品が増えて地震の回数が増えてきたころだろう。地鎮祭とはその名の通り、地を鎮める為の祭りだ。逆に地を鎮めなければいけない事態といえば地震以外は考えにくい。

地の怒りに怯え、生贄を捧げるという形で地を鎮める…それが地鎮祭」



真壁さんの言葉は私の思考にガツンと鋭い衝撃を与えた。

この村には何かがあるとは思っていたが、こんなに重い話だとは思わなかった。

私は根拠のない迷信は信じない。しかし根拠があるこの話たちは、もう……



「(信じるしか、ないじゃない)」



チリ、とこめかみが痛む。

双子というこのたった二文字は私の胸をきつく締め付けた。



「………ッ」

「この手紙は定期的に届くのか?」

「…多分。手紙が届いたのは今回が初めてなので何とも言えませんが、律儀なおばの性格ですからまた何かわかったら手紙を寄こしてくれると思います」



遠い地にいるおば様の姿を想像して苦々しく唇を噛み締める。

真実を求めたのは私だが、いざ真実に辿り着いてしまうとその先に進むのが怖くなる。足元が真っ暗で何も見えない。そこに道があるのか、草むらがあるのか、落とし穴があるのか、何もわからない。そんな道を進むなんて怖くて足がすくむ。

何も知らなければ許されるなんて思ってる。

なんて自分勝手な人間なんだ、私は。卑屈で後ろ向きで、汚い。



「ひとつ、気になったことを訊いてもいいか?」

「…なんですか?」

「この手紙には君の家族構成に関わることが書いてある。もしや…」



真壁さんの探るような眼差しにドクンと心臓が跳ねる。



「君のおばは、この村の出身なのではないか?」

「…え?おばが皆神村の?」



私は想像もしていなかった真壁さんの問いにきょとんと目を丸くした。

少し反応が遅れてから思案する。



「え〜と…どうなんでしょう?おばは過去の話をあんまりしないので」

「そうか…家族構成を一番に隠せというくらいだから皆神村の事情を知っているのかと思ったのだが」

「……多分、それはないと思います」

「ほう…何故そう思う?」

「…私の母と、おばは、双子…ですから」



真壁さんは意外そうな顔で目を瞬いた。ややあってなるほど、と呟く。



「確かに…双子なら皆神村出身という線が強いが、村の外で平和に暮らしているのならいくら双子でも皆神村出身という線は無くなるな」



ふむふむと頷く真壁さんに私は苦笑した。

おば様がこの村出身だなんて考えもしなかった。



「(ま、そんな筈はないか…)」



皆神村の双子たちは恋人かとツッコんでしまいたくなるくらい仲がいい。それに対して私の母とおばは……



「(…私の、母?)」



…?誰のことを言っているのだろう。



「只今戻りました…ってうわ!なんで凍花がいるんだ」

「御帰りなさ〜い。何か私がいては不都合なことでも?」

「ないけど…珍しい。あ、先生になにか失礼なこと言ってないだろうな?」

「京極には有意義な話をさせてもらったよ。美味い菓子も戴いたしな」

「菓子?あー!ねりきりじゃないか。凍花が唯一作れるお菓子!」

「…お前が双子だったらいいのに」

「ん?なんか言った?凍花」

「幻聴じゃないですか?」



上着を脱いでさっそくねりきりに手を伸ばす宗方に、私は八重お嬢さんからのねりきりを思い出してスパァアン!と宗方の手の甲を叩いた。



「いた!?何だよ!」

「アンタにはこっち。わざわざ八重お嬢さんが宗方にって作ってくれたんですよ」

「八重ちゃんが?それは嬉しいなぁ」



小さな包みを渡せば宗方は本当に嬉しそうに包みを開いた。

ハァ…呑気なやつ。

しかし包みの中身を見た瞬間宗方の動きが止まった。



「何してるんですか。早く食べなさいよ」

「…これ、ねりきりだよな?」

「?何言ってるんですか当たり前でしょ」

「………」



言葉を完全に失っている宗方に違和感を感じて一緒に包みの中を見る。私は半笑いのまま固まってしまった。

…おぉっと。



「(布巾で形作ったのに何故硬球みたいになっちゃったんだろう…)」

「…これ野球のボー」

「それ以上言ったら絞め殺す」



ハァ…とため息を吐いて眼鏡をクイと上げた。

もう最終手段にでるしかないな。



「すみません…私がここに持ってくる間に躓いてしまって」

「え、でも重箱のほうは無事で…」

「八重お嬢さんの包みだけをを床に叩きつけてしまって」

「でもこれ叩きつけられた割にはかなり綺麗な球体をキープ…」

「チッ!直したんですよ、私が!ぐしゃぐしゃになっちゃったから丸く!!宗方の目を欺く為に!!」

「お、おう…?そうか」



じゃあ有り難く戴こうかな、とぎこちなく口を開けて食べた宗方の方から「ガチッ」という音が聞こえたのはきっと気のせい。



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