お伽噺ー零ノ域ー
□甘味日和
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「ご馳走様です。ありがとう、凍花さん」
「お粗末様です。喜んでもらえたのなら何より」
「ねぇ、これって私達でも作れるの?」
「はい。簡単ですので。よかったら作りますか?」
「!いいの?」
八重お嬢さんが目を輝かせて食いついてきたから思わず私は面食らって「は、はい」と押され気味で頷いた。
「(八重お嬢さんが私に攻撃的じゃないのは嬉しいんだけど、いきなり満開の笑顔を見せてくれるなんてびっくりしたぁ…)」
「でも私たち割烹着とか持ってないよ。どうするの八重?」
「あ」
「それなら大丈夫ですよ。私が持ってますから」
手を洗って布巾で丁寧に拭いた手でトートバッグの中にある数着の割烹着を取り出す。
「余った着物の布で作ったから柄が派手なんですけど、それでもよければどうぞ」
そう言って色とりどりのハイカラな割烹着を二人に差し出した。
本当はエプロンを作ろうとしていたんだけど、凝った作業が好きな私は無意識のうちに作りが複雑な割烹着の方を作っていた。
だってエプロンって型の通りに切り抜いてただ縫っちゃえば完成なんだもの。
「どれも素敵で迷うなぁ…」
「どれでもいいですよ。気に入ってくださったものがあれば差し上げますし」
「本当?なら私は…この向日葵のにします」
紗重お嬢さんは淡い水色の割烹着を選ぶと大切そうに胸に抱えて微笑んだ。見覚えがある懐かしいその布に私もあ、と微笑む。
「この柄、とっても気に入ったんです」
「そうですか。さぞその向日葵も喜んでいるでしょうね」
私と紗重お嬢さんが初めて会った時の思い出の布だ。
「やっぱり私の見立てに狂いはありませんね。よくお似合いです」
「ふふ、ありがとう」
「紗重が向日葵かぁ。じゃあ私は桜にしようかな」
八重お嬢さんは数ある割烹着の中から白地に桜が刺繍されている割烹着を選ぶと、自分の身体にあてがった。
壮大な桜吹雪が八重お嬢さんによく似合っている。
「似合うよ八重!」
「ええ、本当に」
「そ、そう?じゃあこれにする」
八重お嬢さんは少し頬を染めてはにかんだ。
あらあら、可愛いところもあるじゃない。
「では手を洗ってくださいね」
「はーい」
「じゃあどうぞ。作ってください」
「え!?作り方教えてくれないの?」
「作り方といいましても…特にありません。自分が好きなように形作ればそれなりに出来ますし」
えー!と目を見開いている黒澤姉妹をよそに会話をしながらすでに私は数個のねりきりを作っていた。食紅の量を少しずつ増やしながら鮮やかさを表現した薔薇、シンプルに白い蓮の花、紫陽花、紅葉、若葉…様々な形のねりきりが量産されていく。
「わぁ…すごい」
「形を整えるのが難しいと言うのなら濡れ布巾を使うという手もありますよ」
固く絞った布巾を手のひらの上にのせて軽くくぼみを作ると、赤いねりきりをのせてその真ん中に餡を置き、布の端を持ってきゅっと縛った。
はらりと手をほどくとねりきりに縛った布の跡がついて花のようになる。
「おーこれなら出来そう!布貸して貸して!」
「どうぞ〜。紗重お嬢さんもこちらの布をどうぞ」
「ありがとうございます!よし…」
お嬢さん方は気合を入れて着物の裾をグッと上げると、さっそく布を使って作り始めた。私はそれを横目に見ながら手を動かす。
我ながら上出来な仕上がりだ。重箱に詰めたらそれこそ店で売っていてもおかしくはないくらい。
…なんて過信評価しすぎか〜。
「出来たら黒澤家の人たちに配りましょうかねぇ。お嬢さんたちは誰かにあげたりしないんですか?」
「………ッ!」
「?おわ!紗重お嬢さん絞り過ぎ絞り過ぎ!!」
紗重お嬢さんが雑巾絞るみたいにギチギチ締め出したからギョッとして慌てて止めた。
あぁ、もうこれの形を整えるのは無理ですね。
「どうしたんですか紗重お嬢さん…急にパワフルですね」
「あ、その…ごめんなさい」
「紗重には一番にあげたい人がいるのよね〜?」
「や、八重!」
「あらあら!誰なんですか?」
わかりやすく顔を真っ赤にして狼狽える紗重お嬢さんに八重お嬢さんはにやにやしながら「うりうり〜」と肘で突いている。
何だか微笑ましくなって私までにやにやしてきた。
「べ、別にそんなんじゃないってば!」
「ふぅ〜ん?あ、私このねりきりが出来たら睦月くんにあげたいから紗重もついてきてよね。勿論凍花さんも!」
「そうなんですか?なら私は樹月くんに…」
とまで言いかけてハッとする。八重お嬢さんは相変わらずにやにやしてたけど、紗重お嬢さんはなんだかおろおろしながら私を見ていた。
一体どうして?
私が樹月くんにあげるって言おうとしたらおろおろしだして…
「(!あぁ、そういうことか…)やっぱり私は千歳ちゃんにあげることにしますね」
「!」
にこっと微笑めば今度は紗重お嬢さんは安心したような表情になった。
なーるほど。
紗重お嬢さんは樹月くんが好きで、そんな紗重お嬢さんの為に八重お嬢さんは睦月くんにあげたいからついてきて、なんて言ったのね。
「青春ですねぇ〜」
紗重お嬢さんはまた顔を真っ赤にした。
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