お伽噺ー零ノ域ー
□甘味日和
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ボウルに白玉粉を入れて、少しずつ水を入れて溶かしてく。しっかり溶かしたら小鍋に白餡と一緒に入れて木べらで混ぜる。混ざったら中火をかけながらよく練って水分を飛ばす。出来上がったものを適度に冷ましたら大体はもう完成だ。
「はい、ねりきり完成〜」
私は目の前にある白い粘土のような物体を見て喜んだ。
最近仕事に根を詰め過ぎかな、と思った私は珍しく菓子作りでもしようと朝から台所を借りてねりきりを作っていた。何故そこでねりきりなのか。
…ねりきりしか簡単に作れるものがないからだ。
最初は洋菓子でも作ろうかと思ってたんだけど、皆神村が過疎地だということをすっかり忘れていた。バターが無ければベーキングパウダーもない。砂糖も貴重な調味料だから安易に使えない。だからお手軽なねりきり。
白いねりきりを数個に分けて1つ手に取ると、赤い食紅を少量つけて練り込んだ。練りながら菊代おば様から届いた手紙の内容を反芻する。
『―――親愛なる凍花ちゃん。
お手紙ありがとう。
宗方さんと一緒と聞いた時は安心して凍花ちゃんを送り出しましたから、本音を言わせてもらえれば貴女の事をちっとも心配していません。
凍花ちゃんならきっと立派に仕事をしてくれると信じて疑っていません。ほほ、そう言ってしまってはかえってプレッシャーかしら?
でも凍花ちゃんなら運命を覆す強運があると私は思っています。
何も出来ない私を許してください。私は凍花ちゃんがただ断崖を上ってくるのを見て待っていることしか出来ません。
それでも、どうか私の元が凍花ちゃんの安らぎの場所となりますよう、貴女が帰ってくるまでこの場所を守っています。
だから無理はしない程度に早く帰ってきてちょうだいね。
私も口煩い凍花ちゃんがいなくて寂しい思いをしていますが、恭四郎はもっと寂しがっていますから。ほほほ。
そうそう、最近店によく虹花ちゃんが来ます。きっと母親に何か言われたのね…。
早く凍花ちゃんの元気な顔が見たいです。
皆神村のことですが、私もはっきりとした事が言えるわけではありません。
ただ…皆神村は周囲の村から特別扱いされてるみたい。無条件で作物を送ったり、村の芸能品を送ったり、兎に角有り難がってるみたいな…。
あとよく「紅い蝶を見かけた」と言う人が多数いるみたいです。
私の方でその意味を調べてみたのですが、蝶自体に古い伝承があって『死霊の化身』と呼ばれているらしいのです。他には蝶に纏わりつかれると病気で死ぬとか…怖い話ばかり。
噂によると皆神村で大きなお祭りがある日に多数の蝶が舞うらしいです。なんのお祭りかまではわからなかったのでまた調べておきます。
ひとつ、凍花ちゃんに忠告しておかなければいけないことがあります。
貴女の家族構成を絶対に皆神村の人に話さないでください。
いいえ、家族構成だけじゃないわ。こんな得体の知れない村に凍花ちゃんの情報が知られてしまったらと思うと私は怖いのです。小さな村だから、すぐに全員に知れ渡ってしまうもの。
だから成るべく村の人と深く関わらないように仕事を終えてください。本当なら早く貴女を戻したいところなんだけど…
そういう訳にはいかないこと、貴女が一番よく理解していると思います。
私が出来るのは凍花ちゃんを信じて待つことしかできませんが、また何か新しいことがわかったら手紙を送ります。
では、お仕事頑張ってね。
凍花ちゃんが帰ってくる日を夢見て…。
まそほ屋当主 京極菊代より』
何度も読み返したから内容をすっかり覚えてしまったおば様からの御手紙。
「紅い蝶…」
私も見た。初めて皆神村に来た時に、森の中で。
蝶は"死霊の化身"?
「もしその伝承が本当だったとして、どうして皆神村から沢山の蝶が…?」
まさか死霊の化身を操っているとでもいうのか、この村は。
「…………」
「凍花さん!何作ってるんですか?」
「あ、紗重お嬢さん。おはようございます。ねりきりですよ」
普通の餡を白いねりきりで包んでさくさくと切れ目を入れて黄色いねりきりを切れ目の真ん中にぽちっとつければ、花の形をしたねりきりの完成。
完成したものを背後に来た紗重お嬢さんにあげようと振り向けば八重お嬢さんも一緒にいた。
「八重お嬢さんもおはようございます」
「おはよう凍花さん。可愛いねそれ。凍花さんお菓子作り上手なのね」
「あはは、私よりも上手な人は沢山いますよ。待ってくださいね、今すぐもう一個作りますから」
「ううん。一つで十分ですよ!」
え?と目を丸くして二人を見れば八重お嬢さんはねりきりを上手にふたつに割って紗重お嬢さんに渡した。そして二人で美味しそうに食べている。
…仲良いのねぇ。
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