お伽噺ー零ノ域ー

□斜陽の視野
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「先生ー凍花を部屋に入れても……ってアレ?いないや」



黒澤家西側にある客間に馴れた手付きで入っていく宗方を部屋の外から見つめていた。どうやら真壁さんは不在のようで少し躊躇ったあとに「大丈夫だよな、凍花は村の人間じゃないし…」と呟いて私を部屋に呼んだ。



「あ、射影機がない。先生出掛けたみたいだな」

「射影機?」

「カメラだよ。先生が持ってきたらしい」

「ふーん」



私が部屋に入った後に大袈裟なくらい戸をきちんと閉めた宗方は散乱する書物を丁寧にどかして私が座る場所を作ってくれた。書物を踏まないようにゆっくりと腰を下ろす。部屋の中は想像以上に書物が沢山あって、成る程部屋に籠もっていたくなる気持ちもよくわかった。

様々な色の書物があって、歴史ものがあれば手記、日記なんてものもあった。適当に拾い上げてペラッとめくる。



「……薊…茜?そんな子この村にいたっけ」

「昔この村にいた双子だってさ。桐生家の娘なんだって」

「桐生家って確か立花家の正面にある大きな家てすよね」

「そ。まだ詳しい事はわからないんだけど、今度桐生家にある映写機を見させてもらう予定。あそこは唯一映写機がある家なんだ」

「へぇ…その時は私もお供したいです。映写機があるなんて面白そう」

「はは。この村はお前には退屈か」

「う…ッ」



図星だ。



「まだ私がこの村の魅力を知らないだけです。何も知らないからわからないんですよ」



拗ねたように言って宗方を見れば、奴は笑みを消して真顔で私を見つめた。切りそろえられた前髪の奥で漆黒の瞳が微動だもせずに私を射抜く。その凄みが効いた眼差しに私は思わず肩を竦めた。



「宗、方……?」

「本当に何も知らないのか?」



奴の瞳の眼光が鋭くなり無意識に唾を飲み込んだ。

こんな冷たい宗方の顔、初めて見た。



「知り、ませんよ」

「…そっか。安心した」



私の返答を聞いて、宗方はいつものように大らかに笑った。変に緊張感がとけた私の胸がドクンと生々しく音をたてる。



「お前は何も知らなくていい。気にせずに針仕事に励め」

「…そうですね。そちらまでは私の範囲内ではないですからね」



震える手のひらを背中に隠しギュッと握り締めて何とか返答した。

この感覚を私は知っている。大人が子供に秘密を隠していて、それが子供の為とだ理解しつつも教えてくれない疑心感で息を詰まらせる…もどかしい気持ち。



「そうそう。何か面白いことがわかったら教えるからさ。ところで凍花、お前姉妹がいたよな」

「いますけど…何か?」

「妹?姉?」

「……姉です。何なんですか?」

「ふと気になって訊いてみただけだよ。そう不機嫌にならないでくれ」



苦笑する宗方に、先程までの遺憾な感情は消えて違う感情が塗り重なれた。色で例えるなら赤、感情で表すなら不快。…わざとこの話題を振ってきたなら宗方は策士だ。



「その話はしないでください。姉妹の話をされるのが一番嫌いだって、知ってるでしょ?」

「悪かったって。もうしない」



今度は私の剣幕に圧された宗方がたじたじになりながら頭を下げた。

……………………姉妹。

私にそんなものはいない。あんなのは所詮血が繋がっているだけの他人だ。人間なんてこの世に生を授かった時点で独りで生きていかなければならない運命にあるんだから。



「………………」

「すまん、まだ怒ってるのか?」

「…怒ってませんって。てか顔近い」

「だってまだお前が怒ってるのかと思ってーーーー」



「何してるの二人とも」



「!」「あ」



突然聞こえた第三者の声に驚いて戸を見れば、立花兄弟がそこにいた。樹月くんはニコニコしてるけど、睦月くんがジーッとこちらを睨んでる。



「部屋に入るならノックくらいしろよな。おはよう二人とも」

「おはよう宗方、凍花さん。二人を驚かせようと思ったんだけど……」

「二人で何してるわけ?」

「何って…………つッ」



睦月くんの問いに私は首を傾げようとしたら、激痛が首筋を走り一定以上動かせなかった。寝違えたの忘れてた…!余りの痛さにしばらく悶絶する。



「凍花が震えてる…宗方、貴様無理矢理しようとしてたの?」

「無理矢理って何を……」

「凍花に口付けしようとしてたでしょ」

「は?俺が凍花にキス?何を言ってるんだ睦月」

「誤魔化すなよ。二人のその角度が動かぬ証拠」



ピッと指を刺されて私はハッとする。鈍感な宗方は気付いてないみたいだけど、寝違えて首が曲がっている私と正面でそのままの宗方は確かに他から見たらキスをするのにうってつけな角度をしていた。

指摘されてからじわりじわりと意識し始めて、サァッと青ざめる。



「冗談じゃねぇええ!!私が宗方とキス?超有り得ないッッ!!」

「お前…ッ言い過ぎだ!普通そこは嘘でも顔を赤らめておけよ!」

「ということは何だかんだで宗方も期待してたの?」

「い、樹月!変なこと言うなよ!」

「…ロリコン。凍花に近付くな」

「睦月、誤解だって!ってかお前どこでロリコンなんて言葉を覚えたんだッ!」



顔を真っ赤にして狼狽えている宗方。睦月くんには疑われ、樹月くんにはからかわれ、宗方が心の平常を取り戻すのは陽も落ちた夕方の頃であった。
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