お伽噺ー零ノ域ー

□黒と赤に隠れた疑念
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「睦月くんは勉強しようとか思わないんですか?簡単な計算とか出来ないと困る時があるでしょう」

「うーん…あるけどそんなに困らない、かな」

「どうして」





















「誰も俺たちに知識なんて求めないよ。だって双子だから」

















「え………」



ドクリ、と心臓が重そうに跳ねる。

なに、これ。

心臓の中に異物が流れ込んで黒く、重くなるような倦怠感がどろりどろりと鈍く私を襲う。突然足元に穴が開いて堕ちていくような暗い底冷えに肩が震える。

睦月くんの声音は普段と代わりないはずのに、言葉に重みを感じるのは何故?

相変わらず少しだけ舌足らずで、甘えるようなテノールの声。

代わりない、はずなのに…



―――――怖い、と思うなんて。



なんで怖いのか分からない。

…分からないから怖い。

今、睦月くんはどんな表情で言ったの?

胸に埋もれて顔が見えないよ。



「むつ、き…く…ん…」

「凍花…寒いの?肩、震えてる」



そっと顔を上げる睦月くん。

ツ…と頬に指を這わされ、ビクンと肩を揺らした。



「っ………この村は…おかしいんだ…」



小さな声でぽつりと呟く。

私の瞳が揺らいだのを見て、睦月くんはキュッと唇を噛むとぎこちなく手を退けた。

白いその手は、行き場を無くして宙をさ迷う。



「……凍花、凍花は井戸で何を見たの?」

「っ!」

「井戸に落ちかけた時、本当に手を滑らせたの?」



ドクリ、ドクリ



「た、多分そうだったんだと…思います…」

「……多分、ね」



ドクンッ


鋭い黒燿の瞳に射ぬかれゾクッと背中に氷塊が滑り落ちる。

あの日の事はうやむやにして終わらせたはずだ。私の幻覚、それで片を付けたのに

改めてそうなのかと聞かれると容易く私の心は揺らぐ。



「本、当だって……、っ!」



チクッと人指し指に痛みが走り、ぽたりと真っ赤な血が流れる。

失念してた。私は縫い物をしていたんだった。

布地が汚れないように慌てて手を上げる。自分の傷より布を優先してしまうなんて、体に染み着いてしまった職業癖に我ながら虚しくなってくる。



「あー…やっちゃった…」

「、大丈夫っ?」

「平気ですよ。これくらい慣れてま――――」



パクッ



「!?」



ちゅ、ぺろ…ちゅ…



な、な、な、な、舐めっ!?

ピシッと石化してしまったように固まった。

フリーズしてしまった私をよそに睦月くんは赤い舌をチロチロと出し私の傷を舐める。伏せられた長い睫毛がなんか官能的、っていやいや。

たかが裁縫の縫い針、そんなに出血もなく痛い!という程のものではないのに中々睦月くんは離してくれそうにない。

ボンッと顔を真っ赤にした。



「ちょお!むむ睦月くんもう大丈夫だから手を離してぇえ!」

「…ん。血は止まったみたいだね」

「止まった止まった超絶止まりました!ありがとうです睦月くん!」

「ねえ凍花」

「はい何ですかっ!」

「……もし、この村の…」

「?」



そこまで言って、睦月くんは黙ってしまった。

まるで言うことを忌むような…苦い顔で唇を引き締めている。



「…睦月くん?」

「、意味の解らない、まつ―――!」

「おや、睦月くんおはよう。京極さんとはもうすっかり仲良くなったのだな」

「!」

「あ…良寛さん…」



部屋の戸の前に静かに立っていた良寛さんにぎこちなくおはようございます、と呟く。良寛さんは微笑みながらおはようと返してくれた。

いつから居たのだろう、というか珍しい。私の部屋の前を通るなんて…

同じ家にいるのに中々良寛さんに会ってないことに今更ながら気が付いた。不思議に思ったものの、一言も発しない睦月くんの方が気になって隣を見れば



「(睦月くん!?)」



不規則に息を吐き顔を蒼白にして瞠目している睦月くんに、ぎょっと目を見開いた。

その目は間違いなく良寛さんを捕らえていて、その視線に気付いた良寛さんは微笑んだ。



「おはよう睦月くん。京極さんとどんな楽しい話をしてたのかな?」

「…おはようございます。ただの…世間話…です」

「そうか。君は病み上がりなんだから、あまり無理をしてはいけないよ」

「……はい。お気遣いありがとうございます」

「(…病み上がり?)」



良寛さんの言葉が引っ掛かり眉を潜める。

仕事頑張って下さいという激励を残し去っていった良寛さんに軽く頭を下げた後、口を開いた。



「睦月くん、今の……」

「っ…勘の良い人…むかつく」



ぐっと拳を握り、誰も居なくなった戸を睨んでいた睦月くんの漆黒の瞳は少し濡れているように見えた。

そこでふつりと疑念が沸き上がる。

何で、このタイミングで良寛さんは私の部屋の前を通ったんだ?

睦月くんは何を言いかけた?

病み上がりって、誰が?

どうして睦月くんは泣きそうな顔をしている?



「(…チッ、それ以前に)」



学の話も、睦月くんは双子だから勉強する必要がないという意味も、わからないことだらけだ。

疑問が解決出来ないまま他の疑問が重なり、ぐるぐると私の脳内を冒して気が狂いそう。

それらを解決するには…



「………………」



私はまず知らなければならない。

この村の事を。



針を刺した人差し指が、じくんと痛んだ。



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