お伽噺ー零ノ域ー

□二重線の輪郭
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「ふぁ〜良い湯だったぁ。極楽極楽ぅ♪」



前髪から滴る水滴をポンポン拭き取り、足取りは軽く廊下を歩く。さっきまで机とにらめっこしてたせいで目は疲れるし肩が凝るわで陰鬱だったけど、風呂に入ったら疲れが吹っ飛んでさっぱりした。

黒澤家の風呂って大きくて良いわぁー。

ウチも一応名家だから風呂は大きい方だったけど、黒澤家も負けず劣らずで大きいし、何より檜(ヒノキ)で出来た大浴槽が良い。触り心地抜群だし、入浴剤を入れなくても檜の濡れた香りが入浴者を楽しませてくれる。



「(ウチの風呂って火災で燃えちゃったから大理石になったんだよねー。それ以来火災を危惧したおば様が絶対に燃えない大理石にしたみたいだけど……私はやっぱり木製が良かったなぁ)」

「あの」

「(檜がいいなぁとまでは言わないけどさ、木製の桶が大理石風呂にあるってシュールだろ)」


「凍花さん!」

「うおっ!なんだなんだ?」




突然響いた少女の大声にビクッと肩を揺らし、周囲を首がもげるんじゃないかってくらい見回せばその少女は自分の目の前にいて二重でビックリした。

しかし私の目に映るのは水色と黒と赤のぼやけた靄(モヤ)。

おかしいな。

目を細めてグイッと靄に近付けば、黒の靄がビクッと揺れた。



「え、あ、あ…凍花さんよね?」

「いかにも私は京極凍花ですが…どちらさま?まりも?」

「まりも?って何?」

「は?まりもを知らない?じゃあまりもじゃないの?」

「や、だからまりもって…きゃっ」



喋る靄にグググッと限界まで顔を近付ければ、小さく悲鳴をあげられた。

思わず首を傾げる。



「はて、喋るまりも……?」

「まりもまりもって訳わかんないぞ。いい加減にしないと八重ちゃんがお前のヤクザ面に怖がってるぞ。ほら、忘れ物!」

「な…!」



まりもと対話している途中で宗方のような声が聞こえると思ったら、目の上にガラスが降ってきた。

ぱちくりと目を瞬くと、二重線にぼやけていたまりもが鮮明に少女の顔を映し出す。少女の手には見覚えのある布があった。

なるほど、黒の靄だと思っていたのが少女の髪で水色の靄が布、赤い靄が帯だったようだ。



「お前は眼鏡がないと何も見えないんだから風呂の時も部屋に置いていかずにちゃんと持ってけ。眼鏡が無いと完全にあっちの世界の人だぞ」

「誰があっちの人だこのバカ宗方!ハゲ!アホ!マヌケ!」

「おま…っ言いつく限りの悪口並べやがって!眼鏡持ってきてあげたのに礼も無しか!」

「目付き気にしてんのに言うアンタが悪いんでしょーがっ!」



振り向いた先にいた宗方に殴りかかろうとすればスルリとかわされる。腹がたってギロッと睨めば、眼鏡かけてんのに奴さんみたいだなと言われて足払いを華麗に決めた。



「った!」

「ふー。相変わらずデリカシーのない人」

「宗方さん大丈夫っ!?」

「平気ですよ。痛いのは慣れっこですこの人」

「慣れっこって…あのな……」

「八重お嬢さんが気に病む事はありませんよ。」



腰の痛みに呻く宗方を無視してくるりと振り向けば、クリッとした大きなぬばたまの瞳があって思わず目を丸くした。眼鏡をかけたからよく見える。

紗重お嬢さんが目の前にいるみたいだ。



「やっぱり双子ですね…紗重お嬢さんとそっくり」

「そりゃ双子だからね。貴女が凍花さんでしょ」

「はい。何用でしたか?」

「これ」



ズイッと布を出されて受け取る。

水色に向日葵模様―――……



「あ、紗重お嬢さんに貸しっぱなしだった」

「ありがとう。お陰で紗重が風邪をひかずに済んだわ」



ふわりと微笑む八重お嬢さんに、私はぎこちなくヘラッと笑う。

…別に良いんだけど、年下なのに普通にタメ口だったり、ただならぬ八重お嬢さんの刺々しい雰囲気に気圧された私はブルリと背筋を震わせた。

敵視、されてますね。はい。



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