お伽噺ー零ノ域ー

□金色の八重桜
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「お手伝いと言っても簡単で、此処にある反物を黒澤家まで運んで欲しいんです」

「わぁー…すごい…」



山のように積まれた反物に圧巻されて無意識にそう呟いた樹月くんに、内心私は鼻が高くなった。

私達三人は槌原家の向かいにある馬小屋に来ていた。

と、言っても其処は本来馬小屋としての役目は果たしておらず荒廃した物置小屋のようだったので、黒澤家に入らなくなった反物を置かせてもらっていたのだ。

今回の仕事は長くなると思い三日前から毎日少しずつ(とは言いつつかなり多量)まそほ屋から皆神村に運び入れていた為に量は膨大。馬小屋には溢れんばかりの反物が埋め尽くされていた。

その中の一つを手に取り、スッと表面を撫でる。



「クズ、回されたかな」

「どういうこと?」



不思議そうな顔で背中から乗り出してきた双子にグイッと生地を見せる。



「これ結構ほつれてるでしょ?こういうのって一部だけだと思いきや実は他の場所もそうなってるから、大抵使えないの。目も荒いし…」



折角の美しい桜に金粉が散りばめられた反物が台無しだ。グラデーションで鮮やかに色付けされた八重桜。綺麗なのになぁ



「凍花、それ捨てるの?勿体ないよ」

「んー…でも着物としては使えないんですよねぇ。小物くらいならどうにか出来そうですけど」

「あ、じゃあ僕にその布でブックカバー作ってよ。今まで使ってたやつがボロボロになってきてて困ってたんだ」

「それ良いですね!」



樹月くんのナイスアイディアに心をほくほくさせながらイメージに没頭する。少々女の子向けの布だけれど樹月くんが使えばきっと映えるだろう。

可憐なピンク色、きっと似合うだろうなぁ。



「いいなぁ樹月。俺も何か…あ、あれなに凍花」

「ん?ああ、あれは香です。時々着物特有の糊の香りが嫌だという人がいるので、その人には特別香を焚いてあげてるんです。趣味で焚いてほしいと頼む人もいますけど」



白い指の先にあった香の説明をしてあげると、睦月くんは興味深そうに香を見つめている。

あ、そうだ。



「匂袋、作ってあげましょうか?この布で」

「!」


ぱぁっと睦月くんの表情が輝く。



「本当に?いいの?」

「はい。どうせ余る布と香ですし」

「良かったね睦月。僕とお揃いだよ」

「うん。樹月とお揃いで嬉しい」

「(おふぁー…兄弟仲良いのねぇ)」



楽しそうに手を取り合いはしゃいでいる双子。水を差すのもどうかと思って苦笑しながら見届けた。

正直、兄弟がこんなに仲が良いのは異常だと思う。

先月までは学生だった私には勿論兄弟がいる友達もいたけど、こんなに仲良くなかった。2日に1回は愚痴を聞いていた気がする。

双子だと価値観が違うものなのだろうか。



「で、睦月くんは何の香りをご所望ですか?」

「んーなにがあるの?」

「そうですねぇ…ウチは老舗の店なので新しいものとかは置いてないんですけど、定番でいけば梅花、菊花、落葉、荷葉、黒方、侍従といったところでしょうか。最近では西洋のポプリとかラベンダーなどを仕入れようかと考えてましたけど」

「どれもピンと来ない」


「でしょうねぇ。なら先に袋だけ作っておきます。香は思いついたら言ってください。用意しますから」



そう言って膝の上で布をたたみ床の上に置いた。

睦月くんが微妙な顔をするのも無理はない。皆神村にそういう香りを大事にするような習慣があるとは到底思えないもの。

森を迷った時だって香木一本見あたりゃしなかったし、この村は不思議なくらい花が少ない。

単純に花を愛でる人がいないだけなのだろうか…?



「ねぇ凍花…」

「?なんですか樹月くん、そんな申し訳なさそうな顔をして」

「あの…手が空いてたら、暇だったらでいいんだ。お手玉も作ってくれないかな」

「お手玉…」



樹月くんの申し出に私はキョトンとして彼を見つめる。

――――ああ!



「なんだ樹月くんってばそういう趣味…むぐ!」

「違うよ!宗方じゃあるまいし!妹に作ってあげてほしいんだ!」

「(む、宗方!?)ひ、ひもうひょ?」



私の口をワシッと押さえ赤面しながら慌てる樹月くんに微かに首を傾げる。

言葉を紡げない私に見兼ねて睦月くんが補足してくれた。



「俺らには千歳っていう可愛い妹がいるんだ。歳はけっこう離れてる」

「ふぇー」



それで納得。

別に樹月くんが少女趣味だった訳じゃなく、妹の為にお手玉を頼んできたのね。

わかった、わかった、超納得。



………だからさ



「(いい加減手を離してくれ、立花樹月くん………)」



窒息、数秒前。


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