お伽噺ー零ノ域ー
□始まりの銀朱
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「一社会人が、迷子はどうかと思うよ凍花」
「ぐ…っ!返す言葉もありません……」
「樹月が居なかったらあの樹海じゃきっと御陀仏だったね」
「わかってますよ!彼には感謝してます!」
「まあまあ二人とも落ち着いて……」
やんわり喧嘩の終止を諭す樹月くんに、私と宗方は仕方無く閉口した。
樹月くんの案内により、無事皆神村に到着した私は案外早く真壁さん達と合流することが叶った。
二人はこの村の長、黒澤家当主に挨拶しに行く前に私と合流する為、村の入り口のすぐ脇に建つ逢坂家という立派な家屋にお邪魔になって私を待っていたらしい。
だったらお前らが私を探しに来いよと言いたいところだけど、当たり前だが土地勘の無い真壁さんと宗方が動くわけにはいかずに、やむ無く樹月くんに捜索を頼んだとのこと。
私は急に申し訳なくなって樹月くんを見た。そして頭を下げる。
「御迷惑をお掛けしました。樹月くんにはなんてお礼を言ってよいのやら…」
「お礼だなんてとんでもない。本当は村の人が迎えに行ければ良かったんだけど」
私に頭を上げるように促し、艶やかな黒髪をさららと揺らして苦笑する樹月くん。
底抜けに優しい少年に、私は胸がきゅんと疼くのを感じた。
「あ、ありがとう樹月さ」
「いいんだよ樹月。勝手に迷った凍花の責任だから」
「……さっきから思ってたんですけど、私を苛つきで殺したいんですか宗方」
「いい加減にしなさい宗方、京極。我々の目的を忘れたわけではあるまいな」
「真壁先生」「真壁さん」
まさに一触即発、といったところでやっと真壁さんは私たちを牽制した。
わりと寡黙な人だとは思ってたけど、止めるなら早く止めてほしかったな!
変に脱力してしまい、小さく息を吐いた。
「立花くん、と言ったかな。申し訳無いが黒澤家まで案内を頼めないだろうか」
「……構いませんけど、皆さんはどんな御用でこの村にいらしたのですか?」
「後で説明しよう」
一瞬苦汁を喫した顔をした樹月くんはぎこちなく真壁さんの言葉に頷くと、静かに前を歩き出した。
それに真壁さんは続き、宗方も重い荷物を持ち直して私も最後尾に続く。
古いけど立派な家屋が連なる村の道を四人無言で歩いていく。私はわりと都会の出だからこういった場所は凄い新鮮。
だから、なのだろうか
ドクン、ドクン、ドクン
この変な胸騒ぎは、古風薫る皆神村に私自身が興奮しているから、なのだろうか………
「凍花?置いてくよ」
「…………今行く」
不気味な程当たり前のように置かれている二人の人間が彫刻された石碑から視線を外し、駆け足で宗方の元まで走る。何故かはわからないけど黒澤家へ向かう道中は、宗方の背中から離れないように歩いた。
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「―――遠路遙々、よくぞ参られました。黒澤家当主の黒澤良寛です」
「(……うっへぇ、気味悪…)」
樹月くんに誘われるままに皆神村の中でも一番大きな屋敷にやって来た私たちは、その屋敷の主・黒澤良寛さんに迎えられ挨拶を交わしていた。
自己紹介は年長者の真壁さんが三人分簡素に説明してくれて、私は真壁さんの背中に隠れるようにして良寛さんを見ていた。
気味悪い、が良寛さんの第一印象だった。
人柄は全然悪くない。寧ろ人が良さそうな笑顔に安心感を覚える。
ただ……時々垣間見える負のオーラが、私には畏怖を感じさせる。底知れない闇色の瞳と目が合うだけで凍結しちゃいそうなくらいに。
「京極」
「…………」
「京極」
「は、はい!なんですか真壁さん」
「君は我々と別件でこの村に来たのだろう。自分の役目は自分で果たしなさい」
「は、はい…」
そうだ、私は仕事で此処に来たんだった。
良寛さんに怖がってる場合じゃない。社会人としての自覚が足りなかったなぁと自分の若さゆえの無知加減に幻滅しながら、真壁さんの後ろからおずおずと前に出た。
良寛さんは穏やかに微笑む。
「わざわざいらしていただき光栄です。まそほ屋の御名前はよく御聞きしていました。とても良い呉服と反物が揃っていると」
「き、恐縮です」
「仕事というのは、村の皆の要望にあった着物を作っていただくことです。皆様もご覧の通り、お恥ずかしながらこの村は閉塞的でしょう?たまには洒落た物も着せてやりたいのです」
そう言って目を細めた良寛さん。
村人想いの優しい村長さん。
そんな人に気味悪いとか散々なことを思った自分が恥ずかしくなり、一着くらいは無料で作って差し上げようと心の奥で誓った。
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