伊予の戦女神

□カミサマ、僕はね
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概要
・うさぎの過去話
どうして男装することになったかの経緯、思いをさらっと
かつ田口の話
・うさぎがいなくなった!?
という騒動から始まる
景時は質問攻めにあうが沈黙
ヒノエに問おうと思ったが聞けなかった
ヒノエは放っておけという
「あいつはおれより遥かに冷静だってことだろ」
「それよりからすがきな臭い話をもってきた」
平家の暗躍に繋がる
屋島手前までうさぎ抜きで話を進める
途中で伊予に平家が割かれ、屋島が手薄になっている話をする
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僕は物心着いたときから性別ついて無頓着だった。

興味が無かったのではない。寧ろ逆で、男と女の役割が当たり前のようにはっきりと分かれているこの世界が純粋に面白くてとても疎ましかった。男としてできることは多く、女としてできることはとても少ない。だが女はとても愛情深く、愛らしい生き物だ。

僕はふと両方の性別が欲しくなった。父上の隣で武力と知力を兼ね備えた頼りになる男として、かくや母上を師に裁縫を習う穏やかな昼下がりを過ごすことができる女になりたいと思った。単純に考えて男として過ごすのに女の体は不要で女として過ごすのに女の体である必要がなかった。だから男装して生きることを決めた。

神様、僕はね。
こうすることが一番の幸せだと思っているんだよ。

跡取りを欲しがった父上のために。

共に野の花を摘み、裁縫を嗜む娘が欲しかった母上のために。

二人に愛されたくて。

僕は、

僕は、

男であって、女であって、男でなくて、女ではない、僕は【僕】となった。



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景時殿が軍を率いて大輪田泊へ向かったのを見届けた後、ふらつく体に鞭打って立ち上がり、血の痕跡が残らないように適当な屍から剥ぎ取った布で傷口をきつく縛ってから有馬には向かわず生田の森に身を沈めた。荒ぶる呼吸を努めて抑えながら前へ前へと進む。急速に血の巡りが加速した体はどくどくと咆哮をあげ、閑散とした森の中に響き渡っているんじゃないかと錯覚してしまいそうな程に煩い。滝のように流れる汗もそのままにただひたすら前へ進んだ。やがて木々の隙間から青い光が零れ、眼前に海岸が広がった。

「……は………」

そこでようやく息を零す。目の前に広がる海はどこまでも穏やかで、今も戦が続いているなんで嘘のようだ。嗅ぎなれた磯の香りに荒んでいた気持ちが幾分か和らぐ。周囲を見渡すと岩場の陰に人影と船が一隻を見つけ真っ直ぐにそこへ向かった。潮風が露になった胸元を撫でる。じくんと痛みと熱が広がり、引き裂かれた上着を掻き寄せた。

「待たせて悪いね碧海。苦労をかけた」
「宇鷺様その御姿は」

岩陰に声をかけると瘦身で黒装束の男が顔を出した。碧海は僕の姿を認めた途端、普段冷静な碧海が申し訳ないくらいに困惑している。それはそうだ、僕が源氏軍から密かに抜け出して合流する予定だったのだからな。碧海の切れ長の双眸が船の積み荷に視線を向ける。怖い顔で流星の如く積み荷の奥に飛んで行った。おそらくは何か羽織るものを探しにいってくれたのだろう。碧海の後を追ってざくざく砂を踏み鳴らして岩を飛び越え、よっこらせと船梁に腰を掛ける。ぐらりと体が傾いて慌てて留まった。

「おっと。はは、体が重いや。これね、こんな予定じゃなかったんだけどね、色々あって平家を攻めてたら平知盛とぶつかっちゃって、この有様。薙刀備えといてよかったよ。鞭撻だったら防げなかった」

遠くの碧海に聞こえるように少し大声で話す。きちんと順序立てて説明したかったが疲労感で頭が回らない。

「なあ碧海、今状況はどうなって」
「おいおい!これからが大変なのに何してるんだお前は!」
「おや?頼ふ、ゆ。……っ」

見知った人物の登場に不意を突かれ、驚いた拍子に体から力が抜ける。頼冬は慌てて僕を受け止めた。

「あぶなっ、一体何がどうしたらこんな怪我を負うんだ!」
「頼冬も一緒に来てたのかい。あっちで合流する予定だったろう。せっかちだねぇ」
「そんなことはどうでも、」

不意に言葉が途切れる。背中から露になった胸元を見て驚いたんだろう、体がびくりと大きく揺れて固まった。

「失礼」
「ぐっ!」

碧海は固まった頼冬の肩を掴んで反対方向に向かした。その後ばさりと肩に上衣を掛けられ、碧海が目の前で傅く。その手には包帯や薬が握られており怪我の手当てをしてくれるのだと理解して自ら服を脱いだ。

「……何があったかはこの際どうでもいい。その恰好は誰かに見られたのか?」
「残念なことに、源氏方の戦奉行梶原景時サマに」
「あちゃあ…」

頼冬が頭を抱えているだろう、見なくてもわかる。知盛の件は伏せておいた。

「油断してたわけじゃないんだけど、迂闊だった。ごめんね。名乗りはしてないから安心おしよ」
「ん〜…嫁入り前の女の肌を男に見られたのかぁ。しかもよりによって胸元を」
「は?」
「状況から察するに故意ではないし責任取って娶れとも言えん。はあ、どうしたものか」
「は?」
「四郎から見てどうだ戦奉行様は?甲斐性ある男か?生涯を共にして幸せになれそうか?」
「おい、いい加減に」
「頼冬様。恐れながら、梶原景時様はいけません」

滅多に口を挟まない碧海に驚いて凝視する。自分でも困惑したような様子だ。

「……申し訳ございません。出過ぎたことを申しまして」
「そうか、碧海の目から見て戦奉行様はいけ好かないか」
「…………」
「じゃあ無しだな。そういうことだから四郎!戦奉行とは絶対に夫婦になるなよ!」

話を切り上げた。碧海の様子を見るにそれが一番だろう。

「心配せずとも誰に責任取ってもらうつもりもない。たかが裸を見られたくらいで大袈裟なんだよ」
「お前なぁ」
「今更僕を女扱いするな。そもそも人並みの幸せなんて望んじゃいない、分不相応だ」

この立場になった時から覚悟は決まっている

「景時殿にこの姿を見られたことは誤算だったが彼は本当の僕を知らない。生田行きを命じた御台様は本当の僕を知っているが、あえて景時殿に伝えるとも思えないし予定通りに事を進めよう」

あの賢い御台様が僕たちの邪魔になるようなことはしないだろう。

「宇鷺様、治療が完了しました。気になるところはございますか」
「有り難う。無いよ」
「終わったならもう行こうぜ。誰かに見られたら拙い、わっ!?」
「申し訳ございませんがまだこちらを見ないでください。宇鷺様、こちらをお召しください」

すべてが終わったと思ってこちらを振り返ったのだろう頼冬に碧海が素早く手近にあった布を投げつけた。見事顔面に当たり、頼冬は情けない声を出しながらも大人しく頭から布を被ったままでまた後ろを向いた。碧海は新しい着替えを差し出すとさっと立ち上がり、周りから見えないよう僕を覆うように布を広げる。手厚い待遇につい苦笑した。

「別に気にしなくていいのに。女扱いしなくていいと言ったろう」
「好んで人の裸を見る趣味はない。相手が男であっても女であってもな!」

やけくそに叫ぶ頼冬の声を背に笑いながら、手早くさらしを胸に巻いて膨らみを潰す。昔から何百何千回も繰り返し行ってきた所作は寸分の狂い無く二つの山を消して更地にした。このきつい圧迫感だって慣れたものだ。圧迫感に耐えながらの演舞も慣れた。まあ、これがなければもう少し自由に知盛とやり合えてたかもしれないが…なんて考えながらぴっと襟を整える。

「そういや先は聞きそびれたが、頼冬は何故ここに来た?物見遊山じゃないよな」
「半分は物見遊山。今戦場がどんな雰囲気になっているかを自分の肌で感じたかったんだ」

乱れた髪から簪を引き抜く。軽く髪を梳かして結い直した。

「で、感じられたかい」
「感じた」

後れ毛が項にかかる。口数が多い頼冬が珍しくそれ以上語ろうとしなかった。特に気にせず打掛を羽織った。

「残り半分の理由は?」
「長い話になる。四郎の支度が済んだなら先に船を出そう。話は海の上で」

打掛の衣擦れ音で支度終わりに気付いた頼冬が頭の布をはぎ取ってこちらを見た。碧海も鮮やかな手さばきで覆っていた布を空で畳み、船内の隅に片付ける。そしてそのまま棹に手をかけたので船を出す準備をしようと船縁に手を掛けたが頼冬が制止したのでそのまま座り直した。船はゆっくりと海へ進む。頼冬は水際ぎりぎりまで船を押し出して素早く船に乗り込んだ。乗り込んだ表示に船内が少し揺れる。久しぶりに感じた海面の不安定さに心が解けて安堵の息を零した。

「もういいか」

沖が遠くになったことを確認して頼冬は話し出した。

「あちらさんに動きがあった」

ぱちりと瞬きをする。

「ほう」
「反応が薄いな。驚かないのか?」
「僕も同じことをするからね」

やれやれと頼冬は肩を竦める。

「少し前まではあんなに助力を乞うてきたのにな〜。変わり身が早いよな」
「助力を乞うたのがそもそもの過ちだろ。気でも違えたのかと思ったよ」

先日の来訪を思い出す。頼冬は苦い顔をした。しかし今の僕には気になることがある。

「今の奴らに動かせるほどの兵士はいたか?」
「あちらは増員として怨霊を使う腹積もりらしい」
「じゃあ平家一門の誰かが着くのか?」

嫌な予感がしてて顔を顰める。




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