伊予の戦女神

□浦波はゆるやかに足首を浸す
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■福原事変前の話
最後に
熊野から戻った僕たちに、平家の本拠・福原にて平家と和平を結ぶという話がもたらされた。

■福原事変:秋
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概要
・黙って出陣しようとしている景時についていく(この時すでに源氏につくと決めているので、戦力が欠けるのを避けたかった&北条政子に逆らえなかった)
・知盛と戦闘
この時刀を持ってきており、激闘の末に引き分けになりかけたところで胸元を切り裂かれる
・バレた
景時に女だとバレる
遠くで九郎たちの近況が聞こえ、合流ムードになったところでうさぎは先を見据えて離脱する
・所々、九郎たちの会話を挟む

景時&うさぎ、九郎組で別行動
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乾いた秋風が見境なく枯葉や紅葉を大地から浚っては空に放り投げる。

放り出された葉たちは各々自由に舞を御披露しては方々へ飛んでいく。空は高く青く、まるで海のようだった。



「碧海」

「…こちらに」



先程とは変わらない美しい光景にぽつりと人影が加わる。
布で大事に包まれた棒を一瞥した。



「悪いね。こんな面倒な荷物を頼んじまって」



それはここに来る前に那智から運んでもらった薙刀だった。



「本当にお使いになられるのですか?」



いつも淡々と話す奴だが、今の発言は珍しく焦燥が滲んでいたように思える。



「さあ。使わずに済めばいいけど、それで済むほど今回の戦は容易じゃないだろう」



柄を掴んで布をはぎ取る。熊野で見たときのままの薙刀がそこにあった。
これを掴んで弁慶殿に振るっていたあの時が懐かしい。



「これを戦場で振るうのは久方ぶりだね。手によく馴染む。それに……薙刀から吸い取るように、憎しみが身体に流れてく」



過去に思いを馳せる。



「あと少しですね」

「……ああ。あと少しだ」



目を閉じる。ぱちりと目を開けた。



「まだ時間はあるか。念の為だ。碧海、僕の相手をしておくれ」



刃先が日の光を受けて鈍く煌めいた。







本陣にて。



九郎「どういうことですか政子様! 俺たちは…和平を結ぶと聞いています。成立しかけた和議を踏みにじって、奇襲をかけろというのですか?」

政子「あらあら 九郎は純真ですこと」




いけしゃあしゃあ



「古来から和議を進めている時が、一番危ない時でしょう。こちらの魂胆を見抜けぬようなら、それは平家のほうが悪いのですわ」

弁慶「鎌倉殿の名代として、ご正室の政子殿が出向かれた以上――我々もてっきり和議を結ぶのかと思っていましたよ」

政子「まあ 弁慶殿がそう思ってくださるのだもの。平家の方々もそうお思いでしょうね よかったですわ」



このばばあ




弁慶「源氏側で、和議の交渉にあたっていた者たちでさえ裏切るおつもりなのですか。これでは本当に和議を結びたいと思った時に信じてもらえなくなる…。信用という貴重な手札と引き替えにするほどの上策とは思えませんが」

政子「あらあら これも鎌倉殿のご温情ですのよ。実は平家を追討せよとの命はもう下っておりますの。ですが、このまま福原を攻めては、味方にも無用の犠牲が出ます」



ああああ



「ならば、和議を持ちかけてその隙を突いて攻めれば双方、被害は最小限。これは、鎌倉殿のご命令…そして、後白河様も同様のお考えですわ」

望美「そんな卑怯なことできるわけない!」

九郎「こいつの言う通りです これでは、だまし討ちだ!」

政子「ふふふっ まっすぐな子は好きよ 可愛らしいから」



ああああ



「あなたができないならば、あなたはやらなくてもよいわ。けれど源氏の将兵は行くはず 鎌倉殿の命なのだから」



あああああ



「いずれにせよ、平家は三つの罪を犯しています。第一に、すでに廃位された帝を帝として扱っている罪。第二に、三種の神器を奪った罪。そして…第三に怨霊なるものを使い、人や物、街を傷付けた罪。お嬢さん、あなたは怨霊を使い、京を襲う平家をお許しになるの?」

「鎌倉殿も、早急な平家追討をお望みです それが、皆のためですわ」








景時「はあ……」

宇鷺「(景時殿?)」



深刻な顔をして退場する景時が気になり、追いかける。



景時「ん?ああ、宇鷺さん。どうしたの?」

宇鷺「いや、景時殿がしけた面してるから気になってさ」

景時「そ…そうかな?ははは…」
「そっか、傍目に見ても落ち込んじゃってるか…まいったな〜」
「すぐにでも源氏を率いて戦わなくちゃならないのに、将がこんなんじゃ大変だ」
「みんな見られる前に、カラ元気だけでも出さなきゃね…」

宇鷺「今回の件、嫌なのかい」

景時「しょうがないさ 頼朝様のご命令…だからね」

宇鷺「そう」

景時「非難しないんだね。情けない奴だって」

宇鷺「相手は国一番の権力者だ。言えないよ。逆にあんな真正面から鎌倉殿の策に異を唱える事が出来る望美ちゃんたちが凄いんだって。僕には真似できない」



ああああ

「まあ僕の言う真似できないってのは、『不意打ちは卑怯だから止めろ』なんて露とも思わないから言葉がないだけなんだけどね。勝つためならなんだってするだろ、命賭けてんだから」
「あら、こんなところに居たのね景時」

うっとりとした甘い声が僕たちの会話を遮る。源氏の戦奉行である景時殿の会話を一方的に不躾に遮ることができる女人なんて、望美ちゃんと朔ちゃん以外に一人しかいない。喉がヒュッと鳴った。

「政子様!?わざわざこのような所までご足労頂き恐縮です。お呼びくださればすぐに駆けつけましたのに」
「よいのです。あなたの他にも用事がありましたので。丁度良い時分にきたようですわね」

源氏の大将を説き伏せ、その軍師の諫言をも権力でねじ伏せた恐ろしい女人……北条政子がにこにこしながらこちらに近づいてきた。予期せぬ権力者の登場に咄嗟に反応することができずにその場に立ち尽くす。景時殿だけに話があるのかと思いきや、隣にいた僕を一瞥して彼女は更に笑みを深めた。それだけで容易にこちらにも用事があるのだということを察する。

「お話し中にごめんなさい。今声をかけては迷惑だったかしら?」
「いえいえ滅相もない!ごめん宇鷺さん、席を外してもらっても――」
「景時。此度あなたは福原の正面である生田から攻めなさい。あなたも共に出陣し、景時の助けとなりなさい」

「あなたも共に」の「あなた」とは紛うことなく僕のことである。その口振りは拒否権を与える様子は微塵もなく、景時殿が困惑の表情を浮かべる。

「宇鷺さんもですか?恐れながら政子様、彼は白龍の神子の助けとなるべく源氏に参陣してくれている者です。その、オレと一緒に出るというのは」

神子たちと一緒に何度も戦場に出陣しているが、あくまで有志の義勇兵という形の僕のことを雲上人である彼女が認知しているはずがない。いくら北条政子といえど、源平どちらにも与していない民間人に出陣命令を下すのは些か横暴である。……言葉を意図的に中途半端にきった景時殿が言いたいことは大体こういうことだろう。彼女も景時殿が言わんとしていることを察して、ひととき僕の顔を見る。この場に現れたときから変わらず穏やかな表情を浮かべたまま、是も否も告げぬ僕の反応を窺っているようだった。本当、彼女は美しくて賢くて、食えない女人だ。

そんな彼女に何も言えず、また表情を変えることもできないのは、僕がまだ迷っているからだ。北条政子が僕の真意を窺っているように、僕も機会を窺っている。それは少しでも誤るとすべてが無に帰す、とてもとても大事な判断だ。蛇が舌なめずりをして草陰からゆっくりと獲物の油断を待ちわびているように、僕も今か今かとその時を待ちわびている。

「断る理由はないでしょう?鎌倉殿と家筋(あなた)の仲じゃない」

いつまでも言葉を発しない僕に、わざと含みを持たせた言い方をする彼女から視線を逸らす。これ以上景時殿に余計な事を吹き込まれては堪らない。腹にグッと力を入れて頭を垂れた。

「私のような立場の者に御台様より直々にご用命を賜りし事、身に余る光栄と存じます。すべては鎌倉様と御台様の御心のままに」
「ふふっ良い子ね。では景時、吉報を期待していますよ」
「はっ」

隣からすばやく頭を垂れる気配を感じながら、彼女の早いご退場を願う。最小限に抑えられた沓音が遠ざかったことを確認して顔をあげた。景時殿はまだ低頭の姿勢を解かずにいる。それは北条政子への敬意を示しているのか、それとも僕に投げかける言葉を探しているのか。

僕と北条政子の会話から僅かでも疑心を抱かせたことは間違いない。彼が握っている僕の情報といえば、熊野水軍の頭領、藤原湛造(ヒノエ)の昔馴染みで、平家一門の平敦盛と親交を持つ傍から見れば平家寄りの人間ということだ。それでも表面上でさざ波が立っていないのは、三草山での功績と、昔馴染みが熊野水軍の頭領で八葉だってところが大きいだろう。しかしヒノエと違って公に立場を明かさず、出自も曖昧にしていた僕に、あの北条政子が直接声をかけた……しかも初対面ではなさそうだとなれば当然不思議に思うに決まっている。不思議で済むならまだいい。

「(……間諜と思われただろうか)」

九郎殿や弁慶殿、景時殿を監視するために北条政子に遣わされたと思われたら。

「(その時は、もう皆の傍にはいれないな。ちょっと惜しいね)」

望美ちゃんがいて、九郎殿がいて、弁慶殿、景時殿、朔ちゃん、白龍、譲、敦盛、リズ、ひとときだけど将臣がいて、ヒノエと一緒に過ごしたあの短い日々が愛しいと思うなんて。手放したくないと願ってしまうなんて、昔の僕は想像できただろうか?いいや絶対に想像できなかっただろう。今の僕でさえ信じられないのだから。

「景時殿、流石に長すぎ。もう御台様は行っちまったよ」

声が届かなくなるほど完全に彼女との距離が開いたことを確認してから口を開く。浅葱色の髪が揺れた。頭を上げて姿勢を戻した景時殿は僕の顔ひとつ分も背が高く、雨が降り注ぐように浅葱の視線が注がれる。

「宇鷺さん、君は」
「流石にさ、こんな僕でも逆らえない相手はいるよ。御台様にあんな圧かけられて頷かない奴がいたら見てみたいね」
「君と鎌倉殿は懇意の仲なのかい?」

その双眸は雄弁に「お前は何者だ」と問う。

問う者の顔は険しく、少し泣きそうだ。そんなに僕の裏切りが悲しいんだろうか。鎌倉殿や北条政子の真意が掴めず不安なんだろうか。……景時殿の瞳に映る僕も泣きそうに見えたのはきっと気のせいだろう。

「何だっていいんじゃない?それよりもさっさとこの件を九郎殿に報告して出陣に備えようよ」

景時殿が幾つもの秘密を僕に隠しているように、こちらだって言いたくない秘密が沢山ある。それを明かすには互いに足りていないものが多すぎる。足りないものを埋める時間はもう残っていない。後は流れに身を任せて突き進むだけだ。


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