伊予の戦女神
□焔の宴
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<望美side>
「うわああぁあ!や、山に火が!」
「……ッ!!」
肌にねっとり感じた熱風に、私はやっぱり…と唇を噛んだ。
数時間前。本陣だと思っていた山ノ口が偽の陣だと気付いた私たちは、九郎さんが残る馬瀬に戻ってその事を伝えた。九郎さんは驚いていたけど、すぐに作戦を切り替えて私たちは本物の本陣がある鹿野口へ向かうことになった。
途中で宇鷺さんが居なくなった事に気付いてヒノエくんに聞いたら、「忘れ物を取りに行った」とだけ言って詳しい事は教えてくれなかった。ヒノエくんもあまり知らないみたい…というか興味がないみたいに見えた。だからそれ以上は追求しなかったんだけど、一抹の不安があった。
私は知ってる。鹿野口へ向かう途中、三草山の山頂付近で平家が山に火を放つ事を。九郎さんや弁慶さんにはそれらしき事を言ったんだけど、多分あまり信じてくれてない。だから宇鷺さんには傍にいてほしかった。何故かはわからないけど宇鷺さんは私の言う事を信じてくれるし、何より神泉苑で宇鷺さんは雨を降らせた。そこにどんな魔法があるのかはわからないけど、山が燃やされても宇鷺さんなら鎮火できるような気がしたのだ。
「だ、だだだ大丈夫だよ!このくらいなら〜!!まだ火の勢いは弱いんだ、みんな、火の勢いを抑えよう!その辺の草には土をかけて。火のついた枝は切り落とすんだ」
景時さんは突然の放火に最初は慌てていたものの、いち早く的確な指示を兵士たちに出した。兵士たちも慌てて土をかけたり枝を切ったりしてるけど、火の勢いは止まらない。
「うわぁぁ、火だ火がこっちに来る!」
「に、逃げましょう、梶原様!」
「もうだめだ!助けてくれ!」
みんな火が中々消えない焦燥心から鎮火を諦めて手が完全に止まっている。
駄目だよ、みんな慌てちゃってる…!
「みんな落ち着いて!」
「ええ、その通りだわ。落ち着いて、火の回りを抑えなきゃ!」
私も朔もそう叫んで火が移った枝を切り落とすけど、火の勢いが早すぎて間に合わない。
「だ、だめですっ!後続の部隊が完全に火に囲まれてしまいました…」
「大変っ…早く助けに行かなきゃ!」
後方を振り返れば、焼けて倒れた大木が道を塞いでいて味方を助けに行くことはおろか私達さえ戻れそうにはなかった。
一体どうすれば!?
「ここは先へ進みましょう」
低く、重たい声が、燃え盛る木々の爆ぜる音を掻き消すように響いた。
みんな一斉に弁慶さんを見る。
弁慶さんは険しい眼差しで火を見つめている。とてもじゃないけど冗談を言っているようには見えなかった。
この火の中を進むなんて……。
「この状況で、進むというのか?」
「そうです。幸い先鋒の精鋭は、完全に火に囲まれていません。この部隊で敵の本陣を叩きましょう」
「本陣を叩くって言ってもさ…これだけの軍勢で攻めたって、返り討ちにあうだけじゃないの?」
私と同じことを思っていた九郎さんは口に出して弁慶さんを睨む。けど弁慶さんはさも気にする風もなく、複雑な表情を浮かべる景時さんの方を向いた。
「ここに残っているほうが危険ですよ。今、攻められてみなさい。仲間の救出と、敵からの防衛。我々だけでその両方は出来ません。間違いなく全滅させられるでしょう。今できることは前に進んで敵を撃つことだけです」
あの温厚な弁慶さんが沈鬱な面差しで話すものだから、誰も何も言えずに俯く。そうしている間にも炎が草木を舐め、チリチリと火の花びらが濃紺の夜空に舞い上がる。
他に方法がないとはいえ、そんなあっさり切り捨てちゃっていいの?
本当に両方助かる方法はないの……?
様々な感情が混濁して、背筋に氷塊が滑った。
「それは…火に囲まれた仲間を見捨てるということですか?」
「そういうことになります」
「そういうことになりますって…味方をそんなに簡単に切り捨てていいんですか」
弁慶さんの提案に納得出来なかった朔と譲くんが身を乗り出す。弁慶さんはキュッと黒い外套を握り締めていた。
「火に囲まれた仲間を見捨てて進むなんて…ッ」
これしか道がないとわかっているのに、私には仲間を見捨てるなんてどうしても出来ない。
また、私は同じことを繰り返してしまうの?
「あの、弁慶さん!もう少し……っ」
もう少し他の方法を考えてみましょうよ!と言いかけた、その時。
「ねえねえ。弁慶殿ばかりを悪者にするのは関心しないな」
チリリ、と熱い花びらが弾け飛ぶ。
暗闇を照す満月のような黄金の髪が、視界で華やかに咲いた。しなやかにうねる鮮やかな金糸は闇の中にいても尚燻ることはなく、変わらぬ美しさで私たちの前に悠々と君臨する。
ガサガサッと焼けた草木を掻き分けて現れた人物に、私は安心してへなへなとその場に座り込んだ。
「宇鷺さん!!」
「ふー間に合ったみたいだね」
金の髪をガシガシとかき混ぜてその人は深く息を吐く。宇鷺さんは肩についた葉の塵を払って、かったつに笑った。
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