伊予の戦女神
□紅い蝶、金の蝶
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「だから…うん、で…あっちには…」
馬酔木が咲き染むる清廉な庭。
その庭を一望出来る渡殿に、一人の青年の影があった。すらりと長い足を組み、手には紫煙を漂わせる煙管を持って物鬱げな表情で桜の木の陰を見つめている。背中に流れる金の髪は青年の儚げな美貌を引き立たせ、下がり気味の深緑の瞳は底を窺えない闇が潜んでいた。
青年はふっと息を吐く。
「…まだ息吹く時じゃない……ったく……か……じじい共うるっさいねぇ………」
苛立たしさをおくびも隠そうとせず青年は形の良い眉をつり上げる。
呼応するようにざわりと揺らめく陰。
「まだだ…まだ僕の好きにさせてもらおうか…碧海」
『…………』
「理解力のないじじい共はさておき、頼冬に伝えろ…………は…………で…………」
『……………』
「…………これが僕の意向だ」
暗い瞳は、より一層深い闇に呑み込まれた。
「ただいま〜」
「…神子達が帰ってきたから、じゃ」
「宇鷺さん?誰かいるんですか?」
「いや、僕一人だが」
渡殿にいる青年の姿に気が付き、紅梅の鮮やかな髪の少女が近付いてくる。
少女が庭を見ると、もう奇っ怪なざわめきは消え、麗らかな庭が広がっていた。
「そうですか…?あ、宇鷺さん具合はどうですか?」
「異状なし、ピンッピンしてるよ。あとおかえり」
金髪の青年…宇鷺は、振り返り様に爽やかに微笑んだ。
桜の花弁がひとつ、舞い降りた。
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