お伽噺ー零ノ域ー

□天神の通り道
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目の前に立つ大きな鳥居に圧巻した。



「すご…」



私は朝早くから桐生家の裏を通り三方路に出て呉羽参道に来ていた。小さな村にある神社にしては些か立派すぎる気もするが、ゴクッと唾を飲み込んで恐る恐る前へ踏み出す。夏なのにヒヤリとした冷たい空気が足首を舐める。ゾクッと背筋を震わせて一度だけ後ろを振り返ったけど、頭を振って前だけを見つめた。

ここへ来たのは一度頭の中を整理するためだ。

最近色々な情報が入り過ぎて許容量オーバーしていた。睦月くんの言葉、おば様の手紙、真壁さんの見解…どれも私には非現実な話すぎて正直全てを理解して飲み込んでいる訳じゃなかった。やっぱりどうしても信じきれなくて嫌煙している事柄もあったりしてそれが真実かもしれないのに個人的な感情で見落としている。折角目の前にパズルの枠があってピースも揃っているのに、端のピースがないからと真ん中のピースをはめないのは勿体無い。そう思って一度冷静に手に入れた情報を整頓しようと思ったのだ。



「(黒澤家だと誰かに妨害される可能性があるし、村の人目につく所でも黒澤家の者ではない誰かに妨害されるかもしれない)」



前に睦月くんが私に何かを伝えようとした時、黒澤家当主の良寛さんが来たことを思い出す。普段は本当に同じ家に住んでいるのか?と疑いたくなるくらい遭遇しなかったのに、あのときは何故か良寛さんに会った。そしたら睦月くんは口を噤んでしまってもう何も話すことはなかった。壬生がこの村に来た時だって誰かの視線を痛いくらいに感じた。黒澤家からは遠い場所だから他の分家の誰かが見ていた可能性が高い。

誰の目にも留まらず静かに考え事が出来る場所、と考えた時にこの呉羽神社が脳に浮かんだのだ。



「それにしても長い階段だな…」



じわりと汗で蒸れる袂に舌打ちしたい気持ちを抑えて石で出来た階段を一段ずつ登っていく。何だかこの階段が罪人を裁く地獄へ繋がっている途方もなく長い道のように思えてきた。登るたびに誰かに裁かれそうな、変な気持ちになってくる。

…小説の読み過ぎか。そう自己解決した頃には境内まで辿り着いていた。周囲を高い木々が囲み、真ん中には取り残されたようにポツンと神社が建っている。神社を守るように双子巫女の地蔵が両脇に鎮座していた。通り過ぎる時にそれを横目で見る。何だか無性に居た堪れない気持ちになった。



「(この村は…生贄を神として祀っているのか)」



それを人の人生が終わることと考えずに村の誇りとして崇める。

人の死を喜ぶなどと、なんて…



「『馬鹿らしい』って思ってるでしょ?」

「ッ!?」



柔和だけどどこか艶めかしい声音にハッと瞠目して境内の入口を見れば、落ち着いた雰囲気の白髪の女性が建物の戸を開いて中から私を見ていた。赤い紅をひいた唇は弧を描いている。浮世離れした美しさを持つその女性に私は後ずさりをした。



「(おかしいな。さっきまでは人の気配など一切感じなかったのに…)」

「あら、帰っちゃうの?折角今なら宮司がいなくて絶好の思案日和なのに」

「…宮司がいなくてもアンタがいんでしょ」

「私?ふふ、私は空気とでも思って気にしないで」



こんな異質感漂う女がいたら気になるっつうの!

私は女性のマイペースぶりに毒気が抜かれてはぁーっとため息を吐いた。どうして私が考え事をしに来たのを知っている?とは聞かない。この神社を普通に出入りしているということは彼女もこの村の人間なんだ。下手に言葉にして告げ口されたらたまったもんじゃない。

ここは否定もせず肯定もしないのが得策だ。



「この村の人間でもあるし、そうでもないような…」

「…知ってるかもしれないけど、私はこの村に
出張という形で来た呉服屋の京極凍花。アンタは?」

「ふぅん…凍花ちゃん、ね。私は呉羽というの」

「呉羽さん」

「さんは付けなくていいわ」

「そ。なら遠慮なく」

「ふふふふふ」



呉羽は涼しげにころころ笑った。何だか馬鹿にされているみたいでむっと眉を吊り上げる。



「素直な子…だからこの神社に呼ばれてしまったのかしら?」

「私は素直なんかじゃない。自分の性格がひねくれているという自覚はある」

「そうやって自己分析出来ているところが素直なのよ。ここでお話しするのもなんだし、中へいらっしゃいな」



折れそうなくらい細い腕がキィと古めかしい音を立てて本殿の戸を開けて中へと促す。オイオイそんな簡単に村の者じゃない人間を誘っていいのかい、と思ったけど呉羽の服装を見る限りこの神社の関係者っぽい袴姿なので覚悟を決めて本殿の手前にある階段をゆっくり上った。静かにじっくり考え事をしたいという思いは変わらなかったし、何より



「凍花ちゃん、お茶欲しい?」

「いえ結構。静かな空間だけ提供してもらえれば」

「ふふふっ本当に素直なのね」



…笑い方が誰かに似ているような気がする。懐かしいような切ないような…呉羽といると正体不明の感情に襲われる。



「(一体誰に似ているんだ…?)」

「そんな入口に立っていないで奥にいらっしゃいな。取って食べやしないわ」



それとも進むのが怖いの?と挑発じみた呉羽の言葉にハッと鼻で笑って速足で彼女の背中を追う。背後では扉が軋みながら閉じる音が木霊し、反射的に振り返ろうとした。



「振り返らないで」

「ッ!」

「先に進むのが怖くないから貴女は私の背を追ったのでしょう?振り向いては駄目よ」



白魚のようなしなやかな指が私の輪郭を撫でる。慈しむように優しい手つきだが少しでも首に力を入れると彼女の指にも力が籠る。冷たい指先に少しだけ心臓が鈍く跳ね上がった。変だ、この女。

さっきまで私の何歩も先を歩いていたのに、瞬いた瞬間目の前に現れるなんて。



「凍花ちゃん、ひとつ約束してほしいことがあるの。この村では不用意に振り返っては駄目。大切なものを守りたかったら、尚更」

「…は。意味がわかんない。初対面の人にいきなりそう忠告されても素直に頷くと思う?」

「通りゃんせ、通りゃんせ。知っているでしょう?」




『通りゃんせ 通りゃんせ
 ここはどこの 細道じゃ
 天神さまの 細道じゃ
 ちょっと通して 下しゃんせ
 御用のないもの 通しゃせぬ
 この子の七つの お祝いに
 お札を納めに まいります
 行きはよいよい 帰りはこわい
 こわいながらも
 通りゃんせ 通りゃんせ』




「何それ。行きはよいよい帰りは怖いってこと?馬鹿らしい。たかがわらべ歌だろ?」

「神社は神様の通り道よ。行きは晴れでも帰りは同じ場所に帰れるとは限らないでしょう」

「…私には理解し難い話だ」



やや強めに呉羽の肩を押して距離をとった。頼りなげに白い指は重力に従って落ちる。無意識に後ろを振り返りそうになったけどハッとして首を振った。ドクン、ドクンと早鐘を打つ心臓が痛くてギュッと胸元を握る。振り向くなと言われると振り返りたくなってしまう人間の本能に嫌気が差した。
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