お伽噺ー零ノ域ー

□乙女たちの空騒ぎ
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「もう紗重!いつまでそんなうじうじしてるの!もう立花家の扉叩いちゃうよ」

「ま、待って!まだ心の準備が…っ」

「ごめんくださーい。立花兄弟と千歳ちゃんいますかー?」

「っ凍花さん!」



各々で作ったねりきりを持ってきた私と黒澤姉妹は立花家の玄関まで訪れていた。一応扉を叩いて誰か呼んでみると、家人らしき人が出てきて人がいい笑顔を浮かべて「いらっしゃいませ八重様、紗重様、京極様。こちらへどうぞ」と促してくれた。

「お邪魔します」と三人で口揃えてその家人の後ろを歩く。歩いている間、わき腹あたりを紗重お嬢さんにぽこぽこ叩いてきたけど全然痛くなくて苦笑した。



「そろそろ腹を決めなさいよ、紗重」

「わかってる。わかってるけど…」



小さな紙に包んだねりきりを大事そうに抱きしめて頬を染めて俯く紗重お嬢さん。その可愛らしい仕草に女の私の方がドキッとした。



「(可愛いなぁ紗重お嬢さん。恋する乙女って感じ。甘酸っぱいわぁ)」

「ね、凍花さんは恋したことないの?」

「ほぁ?」



身長が高い私を見上げるようにして見つめてくる八重お嬢さんに私は間の抜けた声を出す。

私が恋?



「あははは!私がそんな乙女チックな人間に見えますか?」

「うん。見えない」

「え即答しないでくださいよ」

「質問した後に後悔した」

「八重お嬢さん手厳しい!」



中々の辛口トークに思わずずれた眼鏡を慌てて直した。なんか八重お嬢さんから宗方と同じ香りがするのは気のせいだろうか。



「そういう八重お嬢さんはどうなんですか?イイ人いないんですか」

「!」



ぽぽぽと八重お嬢さんの頬が一瞬にして染まる。

八重お嬢さんは私の仲間だろうなぁと思って聞いたのにまさかの反応で私はピシッと固まった。



「え…いるんですか?」

「い、いないわよ」

「八重好きな人出来たのっ?」

「〜〜いないってば!」

「グハッ!?」



顔を真っ赤にして『明らかに好きな人がいますよ』というのがバレバレな八重お嬢さんをからかおうとしたらドゴッとわき腹に重い一撃が入った。

紗重お嬢さんの比じゃない痛みに唇を噛み締めて耐える。

照れ隠しの域を超えてる腕力…ッ!

痛みで悶えている私。顔を真っ赤にしている八重お嬢さん。姉の恋愛に興味を示している紗重お嬢さん。そんな三人の元にクスクスという笑い声が聞こえた。

いち早く声が聞こえる方を見た紗重お嬢さんの頬が桜色に染まっていく。



「三人とも楽しそうだね」

「い、樹月くん!こんにちは…」

「うん。いらっしゃい、紗重」

「凍花〜!」

「す、ストップ睦月くん!今タックルされたらヤバ、ぐぇ!」



ドスッと力加減なく睦月くんに抱き付かれた私は色々とグッと堪えた。ねりきりを死守したためにダイレクトに腹部に衝撃があったけど、八重お嬢さんの一撃に比べたら全然平気だ。

嗚呼、冷や汗が止まらないけど。



「ちょ、大丈夫?」

「あぁ…なんとか…ははは」



心配そうな顔をしている八重お嬢さんに乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

やー…若さって時に凶器だわ。



「それにしても3人で立花家に来るなんて初めてだよね。何か用かな?」

「ねりきり作ったから樹月くんと睦月くんにあげようと思って来たのよ。ね!紗重!」

「へ、あ、うん!そ、そうなの」

「ねりきり?」



首を傾げる樹月くんに「ほら、紗重」と八重お嬢さんに急かされた紗重お嬢さんはぷるぷると手を震わせながら樹月くんにねりきりをつつんだ紙を渡した。はらりと開くと薄紅色の花に似せたねりきりが顔を出して、樹月くんは顔を綻ばせる。



「わぁ…可愛い!これ紗重が作ったの?」



コクンと頷く紗重お嬢さん。



「上手だね。貰うのが勿体無いくらいだよ」

「い、いいの!樹月くんの為に作ったから」

「そうなの?ありがとう」



黒曜の艶やかな髪を揺らして樹月くんは可憐に微笑んだ。その素敵な笑顔を直視出来なくなったのだろう、紗重お嬢さんは俯いてしまった。あ、耳まで真っ赤にして…。



「(気持ちはわからなくもないなぁ。樹月くんたら天然タラシなんだから)」

「天然タラシめ…」

「八重お嬢さん。口に出してはいけないモノがぽろりと出ちゃってます」

「紗重は私のなのに」

「お嬢さん堪えて堪えて」

「ねー凍花。俺にはねりきりくれないの?」

「あんたには私からあげるわよ」

「え、八重の?遠慮するよ」

「どういう意味よ!」

「だって君昔から不器用だったじゃないか。怖いよ」

「な!睦月くんったら酷い!」



ほのぼのとした樹月くん紗重お嬢さんペアとは違い、睦月くんと八重お嬢さんは軽く喧嘩が始まってしまった。

私の想像では八重お嬢さんは睦月くんが好きなのかと思ったけど、この会話を聞く限りどうやら見当はずれだったようだ。


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