お伽噺ー零ノ域ー

□二重線の輪郭
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−拝啓 京極菊代おば様


お元気ですか?

凍花は相変わらず元気です。
あ、昔のように血気盛んという訳ではないので、心配しないでください。これでも新社会人になったので、もう喧嘩もしませんよ。
元気過ぎて時々宗方に怒られてます。

さて、まそほ屋を出てから一週間経ちました。

最初は初めての土地で、初めての仕事ということで不安でいっぱいでしたが、村の方がとてもご親切にしてくださるので何とかやれています。宗方と真壁さんも居るので、心細い思いはしなくてすみそうです。

古風な皆神村は神秘的だし、緑は美しいし、ご飯も美味しいし、空気も……えぇと、井戸の水が綺麗でした。

壬生は元気ですか?

足を悪くした菊代おば様のご様子も気になりますが、私としては、私の勝手で置いていった壬生の事も気がかりです。

本来ならば共に皆神村にと思っていましたが…

壬生はヘタレだし情けない所もありますが、あれで良い所があります。きっと私の代わりにおば様の役に立ってくれるでしょう。

だからと言うわけではありませんが、烏滸がましい事を承知の上でお願いします。

どうか壬生をよろしくお願いします。

百合の花粉は、着物に付着すると中々取れませんので…


話は変わりますが、おば様に訊きたいことがあって今回このように手紙をしたためました。

"皆神村"とは何なのでしょうか?

私はこの名を、おば様に言われた時に初めて知りました。

地理はわりと得意なので、私が知らない村なら小さな過疎地かと思っていましたが…立派なお屋敷、社、井戸、鳥居。どう見ても過疎地とは思えません。

お祭りだってあってこんなにも栄えているのに、何故世間では無名なのでしょう。

それに、実は数日前に奇異な事件に遭遇しました。あぁ、心配しないでください。怪我をしたわけではありません。

詳しく記載はしませんが、ただならぬものをこの村全体から感じるのです。

人の域では理解し難いような……

そこで、凍花は外からみた皆神村というものが知りたくなりました。

ろくに下調べもしないまま向かった私の失念ではありますが、この奇異を出来ることなら気のせいだと思いたいのです。

重ね重ね申し訳ありませんが、よろしくお願いします。


追記ですが、
予想以上に帯、糸、レースの減りが早いので誰か人を寄越してください。

仕事は順調ですのでご心配なさらず。

まそほ屋の一員として、立派に役目を果たしてみせます。もし、果たせたら…

帰ったら菊代おば様の雁月が食べたいです。


その日を夢見つつ、
この辺で失礼させていただきます。



敬具 S2代目 京極凍花よりー





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「………っは!しまった、寝てたか…」



むくりと体を起こし、目をしぱしぱさせる。

どうやら手紙を書き終えてから寝てしまったようだ。

辛うじて字に支障は出ていないが、内容が色々とツッコミ所が多すぎる。



「ナニ失礼させていただきますて…失礼します、でしょフツー…。なーんか余計な事まで書いちゃってるし…」



下敷きにしてしまった手紙を引き抜き、最後の一行をなぞる。

"S2代目"

フッと嘲笑った。



「わざわざ"S"を付けるなんて…嫌味みたいじゃない」



でも、消すことはない。

少しくらいエゴがあったって罰は当たらないでしょう?



「…………風呂にでも入るか」



カチャリと眼鏡を外して机に置く。

燈台の火がゆらりと揺れた。



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