平和ノ詩ヲ謳歌シヨウ

□銀座カレイドスコープ
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約束の8時。

…から少し過ぎている。食堂ですでに顔を合わせている面々は玄関に集合し、政虎を待っていた。自分は懐中時計を気にしながらルードさんをチラチラ見る。あからさまに不機嫌で、下手に言葉をかけるのはかなり躊躇われた。



「(早く来てよ政虎!こうなったらアタシが呼びに…)」

「…てめえ、ここにいたか」

「っ!」

「なに、びくついてんだ。お前のことじゃねえよ、どけ」



ハッとして顔をあげると重役出勤もさながら、政虎が高塚さんに高圧的な態度で接して道を譲らせている。まだ政虎に苦手意識があるのか、高塚さんはすっかり委縮しているのが分かった。ギッと政虎を睨むけれど彼にとって自分は眼中にないみたいで、無視してルードさんに「おい」と話しかけている。



「ルード。俺の朝食が残ってねえぞ」

「でしょうね。時間を守らないからです」

「雇用条件に『三食昼寝付き』って書いてあったぜ」

「権利は義務を果たす者にのみ与えられるもの。大体あなた外出の時間にさえ遅れているんですからね」

「ああ?」

「昨晩、伝えたはずですよ。朝8時に、ここ――玄関に集合するように、と」

「……ああ。そういや、んなこと言ってたか。怨霊退治だっけ?」



今日の予定は事前に伝えられていたようで、政虎はあっさり身を引いて頷く。呆れたが仕事を放棄する気はなさそうなので、溜め息をひとつ零しただけで留めておいた。

…政虎の顔が高塚さんに向けられるまでは。



「――女。なんだ、さっきからじろじろと。言いたいことがあるならはっきり言え」

「あ…」



どうやら高塚さんは政虎のことを凝視していたらしい、そのことを指摘されて身を強張らせる。咄嗟に警棒に手を伸ばしたが、高塚さんの腕が自分に制止を促したので渋々手を引っ込めた。



「……あなたも、鬼なんですよね。ダリウスやルードくんと違って日本人に見えますけど」

「そんなことかよ。母親が人間だからそっちの血が色濃く出たんだろ。空間移動やら、結界やら特殊なこともできねえし」

「(人間と鬼のハーフ…昨日ルードさんが『純血種ではない』と言ったのはそういう意味だったのですね)」

「ま、鬼だの人だのはオレにはどうでもいい。ダリウスは金払いがいいから報酬に見合う分の仕事をしているだけだ。神子様のお供も、その一環」



突然政虎は鉤爪を構える。



「…っ?」

「変な真似をして面倒かけてくれるなよ?――オレは気が長くねえ。腹が減っているせいでなおさらな」

「自業自得です」

「クソ餓鬼」

「……それに、気が長くないのは貴方だけではないようですよ」

「あ?」



ようやく政虎の目と自分の目が合う。無意識のうちに指先が警棒のグリップに触れていた。



「…自分は大人なので、ある程度は譲歩します。高塚さんに実害がない限り、飛び出すのは止めるであります」

「大人ァ?お前、俺より年下だろ」

「失礼ながら、精神年齢の話でありますよ」

「チッ。根暗女」



舌打ちしたいのはこちらであります…その言葉を飲み込んで熱くなった心を鎮める。アタシも馬鹿だな。一々反応しなければいいのに。



「…あの、ルードくん。怨霊の討伐って今日はどこへ行けば?」

「…それはあなたが決めることです」

「え?」

「伝承によれば、あなたは怨霊の声を聞く力がある…街を巡れば感じるものがあるはずです」

「便利なもんだ。せいぜい、早く見つけてくれ。…間違っても、帝都中をうろつかせたりするなよ」

「無茶を言わないでください。神子として初めての務めです。初めから何でも上手く事を運べるのなら、誰も苦労はしないのであります」

「いちいち突っかかってくるんじゃねえ、桔音」

「政虎こそ」



ああ、やっぱりだめだ反応してしまう!

彼の方が身長が高いため睨み合いになると必然的に上から見下されるのだが、負けじと上を睨みつける。(とはいえ前髪で目が見えていないだろうが)

現代にいた頃はこんな粗野な行為はしなかったのに…と思うと自分の性格の変貌ぶりにひとり哀しくなった。




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「ほ、本当に高塚さんの言った場所に怨霊がいたであります」



蠱惑の森から北東、芝公園と呼ばれる場所に自分たちは来た。高塚さんに導かれるままに歩いてきたが、まさかこんな早々にお目にかかるとは思っておらず、驚く。

各々が武器を構えて戦闘を開始した。自分は警棒を構えて倒す。この世界に来て一番最初に会った小鬼の時はすごく苦戦したのに、今回はあっさり倒す事が出来た。きょとんとしている自分にルードさんが怨霊には相性があるのだと言う。

自分は『木』属性で、今回の相手は『土』属性だったらしい。

人はもともと五行の力を内に秘めているのだが、それを上手く引き出せるのは一部の者だけなのだという。そして五行には相関関係があり、最初に戦闘した小鬼は『金』属性だから中々倒せなかったのだそうだ。



「どうして自分は木なのでしょう?」

「さあ。それは自分で選べるものではありません。たまたま木と白菊さんの相性が良かったというだけです」

「なるほど…高塚さんは?」

「私は水属性みたいです。虎とルードくんは?」

「………」

「?」

「ふっ。私は金属性で、虎は土属性です」

「おいルード。ばらしてんじゃねえよ」

「いずれ分かることでしょう」



政虎の凄味に屈することなく、寧ろ飄々とルードさんは笑っている。



「…?政虎は土属性だと何か都合が悪いことでもあるのでしょうか」

「(多分白菊さんとの相性が悪いからだと思うけど、言わない方がいいよね)」



なぜ政虎が渋い表情をしているのか分からず首を傾げるも、ずっとそうはしていられないので再び次の場所に向かう。一日に何体も怨霊が出るものなのかと辟易したが、高塚さんがまだ感じ取っていないだけで至る場所に怨霊は出没しているそうだ。下手に刺激せず逃げるか、相関を生かして戦闘すれば一般人でも対処できるので無理に一日中気を張っている必要はないという。

ただそんな話を聞いては「はいそうですか」とのんびりする訳にもいかないので、トレーニング量を増やして鍛えなければと拳を握った。幸い自分ひとりでも怨霊が倒せるので、高塚さんが休んでいるときにでも活動するとしよう。



「あっちから怨霊の声が聞こえる。段々近付いてきてるよ」

「高塚さんは本当に特別な存在だったのですね!自分には何も聞こえないであります」

「まだ信じられないけど…」



言葉通り高塚さん自身は半信半疑のようで、歩む足取りに躊躇いはないが先に進むにつれて顔つきが不安で強張っていく。声の先に怨霊がいなければ戦わずに済むという思いと、怨霊がいないと政虎やルードさんに何を言われるか…という思いで葛藤しているのだろうか?



「(はあ。神子の役目、代われるのならどれだけ良かったことか…)」



私が神子だったら。すべて終えるまで高塚さんを安全な場所に避難させて現代に戻れるようになったときに呼び戻しただろう。しかし現実それはできない。

ならば逆に高塚さんが神子であることは幸運だった。『神子』というブランドが彼女の命を守るだろう。



「(…守られるのは『命だけ』かもしれないけど)」

「きゃっ」

「っと、失礼しました!お怪我は?」

「大丈夫ですわ」



考え事に耽っていたせいで正面から女性とぶつかってしまった。咄嗟に細い腕を掴んで体を支える。慌てて女性の安否を確認しようと視線を巡らせたところで、自分は目を見開いた。頭では理解しているつもりだったが、実際目の前にするとどうしても驚きを隠せない。



「(レトロな服装…たしか『モダンガール』だったかな)」

「あの…?」

「あ、ああ…すみません。素敵なお召し物でしたので、つい見惚れてしまいました」

「ふふ。素敵な紳士にお褒め頂き光栄ですわ。今は用事があるので無理ですけれど、今度会ったら一緒にお茶してくださいね」

「(紳士…)は、はい。その時は是非」



上品に頭を垂れて去る女性に、にこりと微笑んでその背中を見送る。その背中と、次第に視界に映る煉瓦の建物に自分はまた目を見開いた。



「わあ…!!」



赤土色の煉瓦で造られた大きな建物たちが視界を埋め尽くす。空に架かる糸に導かれるまま地面を走る路面電車、まだ灯りが灯っていないガス灯、道を彩る青柳たち。風でそよぐ青柳の脇を着物の男性や洋装の女性、マーガレット結いをした女学生たちが色とりどりのリボンをなびかせて通り過ぎていく。

たまにガタゴトと石に翻弄されながら車が道を横切り、かと思えばカラカラと大きな車輪を回しながら馬が闊歩している。馬主は眠そうに欠伸をしながら手綱を捌いていた。

博物館にあったパノラマ模型が1/1スケールで眼前に広がっていた。



「餓鬼みてえにはしゃいでんじゃねえよ、『紳士』殿」

「この見た目なので勘違いされても仕方がないのであります。そんなことよりも…!」

「ここは…?」



偶然高塚さんと感想が被る。こういうときに説明してくれるのは決まってルードさんなので、わくわくしながら彼を見る。



「銀座煉瓦街――商業や報道機関の中心地として急成長している地域です」

「へえ、ここが銀座!自分もたまに来ますが、全く景色が違うであります!」



ぐるぐると飽きることなく周囲を見回す。空の青、雲の白、煉瓦の赤茶、青柳の緑、四角い車の黒、辛子色の膝丈ワンピース。それらの色がぐるぐる混ざり合って万華鏡のように美しい。現代でも色の多さは変わらないはず…寧ろ多いなのに、なぜが今この場所の色彩すべてが美しく見えた。



「(…!)」



彩りの中にぽつりと見えた渋い抹茶色の洋服の男性が視界に残る。

その姿はどこかで見たことがあるような気がした。



「…おい、あれ」

「まずいですね」

「煉瓦街には巡回が多いと聞いていましたがさっそく鉢合わせるとは」

「…?」



珍しく政虎とルードさんが肩を寄せあい、ぼそぼそと会話をして渋い表情を浮かべている。

ルードさんが険しい面差しでこちらを見た。



「帰りますよ」

「帰る?でも、まだ怨霊が見つかってないんだけど…」

「ものごとには優先順位というものがあります」

「いいから、すぐにここを離れて――…………っ」



ルードさんが何かを見て瞠目する。その『何か』を見ようと視線を巡らせた瞬間、政虎に強く腕を引っ張られてたたらを踏んだ。



「うわっ、とと」

「桔音」



綺麗なモスグリーンの双眸は前を睨んだまま、真剣な声音で自分の名前を呼ぶ。自分は日光で照る褐色の喉のラインをじっと見た。

どうやら緊急事態が発生しているらしい。


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