伊予の戦女神

□紅い蝶、金の蝶
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「宇鷺さん、これはなんですか?」

「ん?どれ…ああ、鰯(イワシ)だよ鰯」

「鰯!?俺たちの世界の鰯より、少し小さかったから気付かなかった…」



買い物用の風呂敷を持ち、梶原邸を出た宇鷺と譲は、少し歩いた所にある市に来ていた。
市には魚や雑穀、野菜に米が沢山並び、一つの店は小さいけれども多種の店が集って活気づいていた。珍しい果実もあるし所々には装飾屋もある。市に来てしまえば大抵のことはこと足りそうだった。

すでに風呂敷には買った食材が詰まっている。



「う〜ん…」

「どうしたんだい?買わないのかい」

「買いたいんですけど、どうしても気になる事が…」



鰯を目の前にうんうん唸る譲に眉根を寄せて隣に並ぶ。

怪訝そうな表情で、何が?と訊くと譲は真剣な顔で「値段が…」と呟いた。



「何故こんなに鰯が安いんですか?」

「鰯は卑しいものだからさ」

「…卑しい?」



今度は譲が眉根を寄せ、理解出来ないと言わんばかりの顔になる。
逆に宇鷺は不思議な気持ちに襲われたが、先程譲が言った「俺たちの世界」という言葉を思いだし、嗚呼と納得した。

譲は、異国からの訪問者。



「ここのお偉いさんたちはなんでも、言葉・名前というものを重んずる奴等が多いんだ。鰯、卑しい…不吉なものと言葉が似ているものをとことん嫌う。だから少しでも多く買って欲しいが為に、商人は必死に値下げをしているわけだ」



へぇと譲から関心の声が洩れる。

その様子を窺っていると、譲の世界ではこんな偏屈な決まりはないとわかった。少しだけ羨ましいと宇鷺は思う。



「でも朔たちはよく食べてませんでしたか?」

「卑しい、ってのは軟弱貴族たちの思考だからね。源氏の武士は固いものを好んで食べるから関係ないのさ。逆に平家は柔らかいものを好んでいるようだけどね」

「良かった、じゃあ今日の夕飯は鰯にします。それにしても宇鷺さんは博識なんですね」

「(うっ…!)あ、有り難う…」



博識という言葉に胸が痛くなったのは気のせいだろうか

まるで傷口に塩を塗られたような錯覚に陥り、宇鷺はそれとなく胸を擦った。

それに気付かない譲はまだ周りの店を見渡し、良い食材を探している。風呂敷の中は模様が伸びるくらい沢山入っているのだが、まだ足りないのだろうか。



「譲、あとは何が必要なんだい?」

「………」

「譲?」

「……え?あ、ああ…すみません。何ですか?」

「何ですかってお前、」



お前こそどうした、と言いかけ譲が見ていた方向を見て、ぴたりと言葉を止める。

視界に広がる愛らしい赤い珊瑚の耳飾りや麗しい乳白色の貝殻の首飾り、美しい黒曜を散りばめた髪飾りに彩り豊かな羽を使った髪飾り、蒼い瑠璃の帯留め。

そこには鮮やかな石を加工した女人が好きそうな装飾屋があった。
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