*そしてマリアンは・・・@
(脱走の夜〜夜明け〜翌日夕方)

マリアンは床に毛布を敷いてうつらうつらしていた。
背中を軽くゆすられ、目が覚めた。
はっと顔を起こすと、誰かが自分を覗き込んでいる。


闇の中に白っぽく見える髪の青年が声をかけた。
「お静かに。ミス・ケンドリック。私はクラウド・ストライフ伍長。父上の依頼でお迎えに上がりました。」

「ここから脱出します。急いでいただけますか。」青年は低い声でそう言った。


マリアンがぼんやりしていると手をつかみ、
「さあ、早く。追っ手がかからないうちに出来るだけ遠くまでここを離れないと」マリアンの体を起こした。
いきなり命令されて面食らったが、立ち上がり髪を整えようとした。
「髪はいいですから、急いでください。」少しいらだった声でそう言うと、伍長は扉を開け、警戒しながら外に滑り出た。

マリアンは髪が乱れたままで気になったが、そっと後をついていき梯子を降りた。

血生臭い匂いが鼻につく。ランタンの薄明かりの下、見張りの兵たちが倒れている。床に広がる黒いしみは血だろう・・
マリアンは気分が悪くなり、しゃがみこみそうになった。

「大丈夫ですか?」腰を支えられ、マリアンは一瞬ビクリとした。

ストライフ伍長はマリアンをひきずるように戸外へ連れ出すと、入り口脇に置いてあったライフルを拾い肩にかけた。

そして、「ついて来てください。」というと音を立てずに森の中へと入っていった。マリアンはよたよた追いかけた。
しばらく歩くと伍長は振り返った。懐中電灯を持っているが、下を向けているので顔はよくみえない。

「ご無礼をお許しください。ここから約一日の行程のところまでこの森を抜けます。歩けそうですか?」と聞いてきた。声にわずかだが苛立ちがこもっている。

マリアンはスカートにヒールの靴という格好だった。髪は藪にからまるし、スカートの裾は破れるし、靴のヒールが腐葉土にめり込んで歩きにくいことこの上ない。

「靴が・・・ヒールがめりこんで」そういうとしゃがみこんで靴を脱いだ。

伍長は靴を明かりに照らし、しばしながめると、
「失礼。踵を切りましょう。」といい、腰に差したサバイバルナイフを取り出すと靴の踵に切れ目を入れへし折った。

「ああ、その靴いい靴なのに・・・」思わずマリアンが言うと伍長はじっとマリアンを見つめ、
「この踵では逃げられません。」と冷たく言い放ち、マリアンに靴を再び履かせると今度はポケットから平たい革紐を出してきて、踵と甲の部分にまいて靴が脱げないよう軽くしばった。
「そのスカートも何とかしないといけません。申し訳ありませんが、ペチコートを脱いでいただけますか?」伍長はそういうと後ろを向いた。
マリアンは腹がたつのか混乱してるのか自分でもわからなかったが、今はこの伍長の言うことを聞くしかない。裾から手を入れて、ペチコートを引き抜いた。

「はい、これはどうするの?」伍長はその薄物のふわふわした代物を端からつぶすように丸め、背嚢に入れた。
「何かの役にたつでしょう。」

悔しいが、ヒールがなくなった靴はぐっと歩きやすくなり、何度も立ち止まっては振り返る伍長の後からなんとかよろよろ付いて行った。


「伍長、疲れたんだけど、休める?」マリアンが聞くと薄闇の中、伍長の白い無表情な顔に一瞬いらだちが走ったようだった。
「レディ、まだ30分も来てませんよ。今夜なるべくここから離れておかないといけません。」

マリアンは盛大な溜め息をつくと、うなづいた。

「わかったわ。あなたの指示に従う。お腹が空いてるんだけど何かクッキーとかある?」

「軍用の糧食バーならあります。お口には合わないと思いますが。」

「それでいいわ、一本くれる?」伍長は腰のポーチから一本取り出すと、
「ピーナッツ味です。」とぶっきらぼうに言いマリアンに手渡した。

伍長は腰からサバイバルナイフを引き抜くと、近くの木の枝を切り、

「これを杖にすると少し歩きやすいかもしれません。」とマリアンに手渡した。

下生えをかきわけ、杖をつきつつ、何度も振り返る伍長の後を付いて行く。

(私、この人を相当イライラさせてるみたいね。)

夜明けが近づいてきたのか、辺りの物がはっきりと見えるようになってきた。
先を歩いていた伍長が立ち止まって振り返った。

「そのピンクのブラウスは目立ちすぎますね。追跡の格好の目印になります。申し訳ないのですが、着替えていただけますか?」

マリアンが何に着替えるのだろうと思ってる間もなく、伍長はマリアンに背中を向けると迷彩の上着を脱ぎ、その下に着ていた、黒のタートルネックのシャツを脱いだ。

マリアンは思わず息を呑んだ。

白い体は完璧な彫像のようにバランスが取れており、引き締まった形の良い筋肉がついている。腰は細く背骨のくぼみがくっきり見える。
伍長は振り返ると黒のタートルを手渡した。

「無礼だとは思いますが、そのピンクのブラウスの上からこれを着てください。すこし温かくなりますし。」

マリアンは伍長の顔をまじまじと見つめた。
こんなに綺麗な男は見たことがない・・・以前ルーシーがパーティーに連れて来た新進の若い男優が美形だと皆で騒いだことがあったが、比べ物にならない。
素肌に迷彩の上着をはおり、無表情にマリアンを見つめている。

(本当に王子様だわ・・・無愛想な。)

マリアンは言われるままに黒いタートルをピンクのブラウスの上に着込んだ。
伍長の体臭だろうか、枯草のような香ばしい匂いがほんのりした。




マリアンはもちろんこんな森の中を歩いたことはない。
ストライフ伍長に話しかけたくてうずうずしたが、息は切れるし、いいきっかけもなくただ黙ってと付いていった。
昼は倒木に腰掛けてさっきと同じ不味い糧食バーを二人で黙って食べるだけだ。胃が食べ物をあまり受け付けないのがありがたい。
少し休むとすぐに歩き出した。

もう足が棒のようだ。伍長は息も乱れていない。

少しふらついた時、木の枝でさくっと足を切ってしまった。

「痛い・・!」思わず声を立てると、前を歩いていた伍長は立ち止まった。

「どうしました?」
「足を切ったみたいなの。たいした傷じゃないと思うけど。」
マリアンがそういうと伍長は振り返ってしゃがみこみ、マリアンの足の傷を点検した。
「化膿するといけませんから、消毒しましょう。」

マリアンはしゃがんだまま黙々と作業する伍長を上からじっと観察した。金色の髪が風に軽くなびいてる。
伍長は腰の皮製のポーチから消毒薬らしい小瓶と綿を取り出した。黒革の手袋の指先を口にくわえると軽くひっぱって外した。
白い長い指がするりと抜け出た。
(きれいな指だわ。軍人とは思えない・・)

伍長はマリアンの傷を消毒すると、背嚢の脇のポケットから包帯をとりだし、怪我したほうの足だけではなくもういっぽうの足にも少し固めに巻きつけた。

(私の足を物みたいに見てる・・・)マリアンは伍長が足に触れるたびに軽い動悸がした。
(今まであった男の子たちは皆足を褒めてくれたのに・・)淡々と仕事をこなしてる伍長を見て、なんだか腹が立ってきた。

「レディ、これで大丈夫です。ゲートル風にしましたので、足に傷もつかないと思います。山の中の傷は命取りになることもあるので、怪我したらすぐ仰ってください。」
そういうと消毒薬をポーチに戻し、再び黒革の手袋をはめた。

(全然笑わないわね。ふつうここはにっこりするところなのに。)マリアンは伍長の笑い顔が猛烈に見たくなった。

「ねえ、ストライフ伍長、クラウドってお名前でしたよね?クラウドって呼んでもいいかしら?」
マリアンが聞くと伍長は立ち上がり、
「どうぞ、ご随意に。」と言い、辺りを見回した。本当にいつも警戒している。

「私のことはマリアンって呼んで。」マリアンはにっこり微笑むと伍長に言った。

「レディ、私はそのような立場にありません。」固い声が返ってきた。

「あら、だって、他に聞いてる人もいないのに。」マリアンは上目遣いで伍長を見上げた。

「けじめですから。」伍長はそういうと、荷物を背負いなおした。とりつくしまがない。

「さあ、行きましょう。まだ目的地までかなりあります。このペースだと野宿になりますね。」

再び森の中を伍長について歩き始めた。

マリアンは爪を噛んだ。
このストライフ伍長は完璧な外観を持っている。
それなのに、この不感症のような冷たさは何なのだろう。

マリアンは自分は結構美人であると自負していた。金茶色の巻き毛は手入れが行き届いてつややかに肩に垂れているし、灰緑の目は魅力的だとよく褒められる。ミルクのような肌は肌理が細かくほとんど染みもない。

それなのに・・・この伍長は私を物みたいに見る。大事な預かり物なんでしょうけど。
パパは軍に圧力をかけられる。
この人を今度出かける時の警備担当に貸してもらえるように頼んでみようかしら?

そんなことをぼんやり考えながら、重い足をひきずるように下生えをかきわけながら歩いていた。

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