マーサに起こされ、目が覚めたらもう暗くなっていた。

「お嬢様、早くお支度しないと。」マーサはもうトランクを開けて着替えを出している。
マリアンは軽くシャワーを浴びるとタオルで髪を拭きながら化粧台の前に腰かけた。

「クラウドはどうしてるかしら?」マリアンはなるべくさりげなく聞こえるようにマーサに聞いた。
マーサはマリアンの髪をくしけずりながら、

「さっきメイド達がキッチンに連れて行きましたよ。お茶でもご馳走になってるんじゃないですか?」マーサも知らんぷりして自然に聞こ

えるように話してるが、鏡に映った顔は目がいたずらっぽく光ってる。
ふん、お見通しってわけね。

「私の支度が出来たら部屋に呼んで。」マリアンはキッチンでお茶を飲んでるというクラウドが気になって、少々イラついた声を出してし

まった。マーサは生返事をしながらドレスの皺をのばしてる。呼びに行きたくないようだ・・・私とクラウドが近づくのを嫌がってるんだ

わ。


マリアンは手早くドレスに着替えた。
淡い緑から濃い緑へと波のように色合いが変わるシフォンのドレスはマリアンの金茶色の巻き毛によく映え、ターンするとふわりとスカー

トがひるがえる。襟元と袖口の繊細なレースの形を整え、姿見の中の自分にうっとりする。

「マーサ!!早くクラウドを呼んできてちょうだい。」すぐにでもドレス姿をクラウドに見てもらいたくてうずうずして、マーサにまた言

いつけた。

マーサは重い腰を上げるとやれやれと部屋を出て行った。


マーサがキッチンにクラウドを迎えに行くと、クラウドがほっとしたような顔でマーサを見上げ、立ち上がった。

「ご馳走になりました。失礼します。」クラウドが言うと周りに腰掛けていた三人の若いメイドたちが口々に、また来てね、もっとゆっく

りできないの、携帯のナンバーまだ聞いてない、などと姦しい。手を伸ばして腕をつかんでくるメイドもいる。

クラウドはマーサに付いて逃げるようにキッチンを後にした。マーサは面食らったような顔のクラウドを横目で見ると、小さく溜め息をつ

き、マリアンの部屋へと急いだ。



クラウドが部屋に入った途端、
「クラウド!!どう?このドレス?」マリアンは浮き浮きとクラウドの前でターンして。見せた

「とてもお似合いで綺麗です。」その言い方は簡単だったが心がこもっており、本当にそう思ってる事がわかったので、マリアンは嬉しさ

に胸が締め付けられそうになった。

「どうしても一緒にはパーティーに出てくれない?」
「それは無理です。私はレディの警護が仕事です。パーティー会場は前庭につながってますので、お庭に待機してますよ。この屋敷は庭が

無防備ですからね。」

パーティー会場の大広間はそのまま前庭につながっており、噴水と手入れの行き届いた花壇がある。クラウドの言うには、庭の中にある小

道に面した辺りが危ないので、その辺りにいるとのことだ。

(私ったら、ここに何しに来たのかしら?最初はパーティーが楽しみだったのに、今はクラウドと一緒にいるのが一番楽しい・・)
この前より、少しクラウドと気持ちも通じるような気がしてきている。クラウドはどうも普通の人と少し感覚がずれてることもだんだん分

かってきた。口調が冷たくてぶっきらぼうだが、意外に優しいしすれたところがない。
(不思議な魅力のある人だわ。なんだか野生の気高いケモノみたい。)



その日の夜のパーティーは身内だけといっても賑やかで、マリアンも久しぶりに従姉妹たちとおしゃべりができて、気が晴れ晴れした。
拉致の話は皆聞きたがったが、自分だけの思い出に首をつっこまれるような気がして、あまり詳しく話す気になれなかった。
ただ、クラウドがここに来ていて、自分の警護についてることは従姉妹たちに話しておいた。
庭にいるクラウドを呼びたかったが、クラウドから絶対に庭に出るな、といわれたので諦めた。

「明日のガーデンパーティーの時には近くにいてくれるって言ってたから紹介できるわ。」マリアンはクラウドを自慢したい気持ちと他の

人にあまり見せたくない気持ちがなんだか半々のような複雑な気分だった。最初は皆に見せびらかしたくてしかたなかったのに・・

「メイドたちが噂してたわよ・・なんでも見事なプラチナブロンドの美形だって。」ルーシーは興味津々のようだ。

「でもプロの軍人なんでしょう?明日会うのを楽しみにしてるわ。」アマンダもにっこり笑って言った。

やっぱり噂になってるんだ・・・あの髪がまた目立つから・・・

パーティーがお開きになるまでマリアンは落ち着かなかった。



部屋に引き上げてシャワーも済ませゆっくりしてた時、外の廊下でささやきあうような声が聞こえた。
クラウドの声だ。思わず抜き足差し足で扉のところに行くと、耳を扉にぴったりつけて何を話してるか盗み聞いた。
(私ときたら、ウータイのニンジャみたいだわ・・)

「いや・・・オレは仕事で来てますので・・それはダメです・・」
「誰にもわからないって。今だけ・・せめてキスだけでも・・」笑いを含んだハスキーな声が聞こえる。
「困ります。申し訳ないけど。隣の部屋はレディ・マリアンですよ。失礼です。」

マリアンは息を呑んだ。クラウドがメイドにせまられてるんだ。これを恐れてたのに。
マリアンは思いっきり音を立てて、扉を開いた。
赤毛のメイドがしらんぷりして立ち去った。クラウドが困ったような顔をしてドアのところにいる。

「起こしてしまいましたか?すいませんでした。」クラウドがこちらを向いて謝った。
「明日もよろしくね。」マリアンは余裕を見せようとにっこりした。クラウドは申し訳なさそうな顔でうなづくと
「おやすみなさい、レディ・マリアン」と言い扉を閉めた。

マリアンはベッドに寝転ぶとぼんやり天井を眺めながら、巻き毛の端を噛んだ。
クラウドって男も女も惹きつけるんだわ・・・本人自覚ないのに。こんな下界に連れてこないほうがよかったかもしれないわね。
敵はあの中尉一人の方が気が楽だわ、などと思いながらいつのまにかマリアンは寝入っていた。



翌日はからりと晴れ渡り、ガーデンパーティーには最高の日和となった。
芝生の庭には大きなテーブルが置かれ、所狭しと料理が並べられた。焼きたての肉汁に漬かった鶏は香ばしい良い匂いを漂わせ、
クリスタルガラスの器に入ったフルーツパンチは、日の光に鮮やかにきらめいてる。
日除けのターフが張られ、あちこちに並べられた白い椅子が芝生の緑に映える。色とりどりの華やかな服装の男女が楽しげにあちらこちら

でワインを片手におしゃべりをしている。マリアンの伯母もゆったりした藤の椅子に座り、集まった一族を満足そうに眺めている。

マリアンは白とグレイの小花柄のオーガンディーのワンピースを着て、従姉妹たちと笑いさざめいていた。

「ねえ、その美形の軍人さんはどこにいるの?」ルーシーに聞かれ、マリアンは芝生の先の正面玄関に続く小道の方を顎で示した。
「あの先にいるんだけど、危ないから来ちゃいけない、って言うのよ。」マリアンはクラウドにもっと近くにいてもらいたかったのに、ク

ラウドは、会場のすぐ外が危ないと言ってその辺りを警戒してる。
「ずいぶん用心深いのね。」
「野生のケモノみたいな人よ。」マリアンは溜め息をついた。
「美形で野生って素敵じゃない?」ルーシーが笑い、
「ちょっとくらいいいじゃない、行ってみましょう。」マリアンの手を引いて強引に小道に引っ張っていった。

明るい光の中、小道の切れるあたりにクラウドはいた。
マリアンたちの気配にはっと振り返ると軽く眉をしかめた。

「こちらにいらしたら危ないと言っておいたはずです。イヤな感じのする日ですから、今日は。」クラウドがマリアンたちの方に近づいて

きた。
ルーシーが呆然とクラウドを見つめている。マリアンはひっそりと勝利感にひたった。クラウドはその辺の俳優よりずっと素敵だ。

「芝生のお庭の方にお戻りください。」クラウドが言うと、
「じゃあ私たちを送って行って。」とルーシーが甘えたような声をだした。

クラウドは小さい溜め息をつくと、三人を連れてパーティー会場に戻った。

マリアンの従姉妹たちはクラウドを引きとめ、ルーシーなど髪に触らせてくれとクラウドの髪に手を伸ばしたりしてる。
クラウドは髪に触られるのをとても嫌がり、露骨に不愉快そうな顔をしたので、マリアンはルーシーの手をつかんでやめさせた。

「やめなさいよ!もうクラウドの邪魔しちゃダメよ。」マリアンが言うとクラウドが一瞬感謝のこもった目でちらりと見た。


→NEXT(マリアンふたたび〜マリアン少し大人になる)

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ