遠くの山並みが迫ってきたようだ。もうすぐ長いトンネルに入る。
トンネルを抜ければ約一時間でグッドウィルの駅だ。
隣を見るとマーサはうたたねをしている。マリアンは声をひそめてクラウドに話しかけた。
「ねえ、クラウド、今夜のパーティー、一緒に出てくれない?」
クラウドはぎょっとしたような顔でマリアンを振り返ると、
「それは大佐のお話にはありませんでした。申しわけありませんがお断りします。」けんもほろろだ。
「室内での内輪のパーティーなら危険はないでしょう。どうしてもご心配なら、近くに待機してますが。」
「じゃあ、明日のガーデン・パーティーなら出てくれる?」マリアンはしつこく聞いた。
「庭でのパーティーでしたら、色々危険がありますので、お近くにいるようにします。」クラウドが渋々言ったので、マリアンは心の中でほくそえんだ。昼間のガーデンパーティーには引っ張り出せるかもしれない。
ともかく三日間クラウドが近くにいるのだ。なんだかわくわくしてきた。
列車の外が急に暗くなった。トンネルに入ったのだ。
その時、通路向こうから男のだみ声が聞こえてきた。クラウドが一瞬で緊張したのがわかった。
「お!このコンパートメントは空いてるし、女がいるみたいだぜ。」外の通路から声が聞こえた。
「レディ!顔を伏せて!」クラウドが言うより早く、コンパートメントのドアが開いた。
「美人の嬢ちゃんがいるぜ!ここに座らせてもらおう!」二人連れの柄の悪い男が扉から入って来ようとした瞬間、クラウドは立ち上がると鼻先に拳銃を突きつけた。
「出て行ってもらおう。この方は軍の保護を受けている。」クラウドはそう言いながら入ってきた男の顎の下に銃口を当てた。
「な・なんだと・・てめえ・・・」その男は、大声をあげようと口を開けたところを口腔内に銃身を突っ込まれた。
「私は軍から、この方を保護するための殺人の許可証を頂いてる。この場でお前の頭を吹っ飛ばしてもお咎めなしだ。口の中から撃つと痛みもないし、血も飛び散らない。」クラウドの声が冷たく響いた。
「お・おい、ここは引き上げようぜ。こんなイカレタ軍の兄ちゃんに撃たれたらバカバカシイぞ!」後ろにいた男が耳打ちした。
銃口を口に突っ込まれた男は目を見開いて後ずさりした。
クラウドは口から銃を引き抜くと今度は眉間に狙いを定めた。
「出て行け!」
二人は通路に後退すると、後も見ずに二等車の方へ走って行った。
マリアンと、ただならぬ気配に目覚めたマーサは抱き合って震えながら通路でまだ銃を構えているクラウドを見つめた。
クラウドはしばらく通路先を見つめていたが、
「もう大丈夫です。」と言うと扉を閉めて座席に座り、ポケットからハンカチを出すと、
「汚れた・・・」と拳銃を拭きだした。
マリアンはクラウドの日常の世界が少し見えた気がした。野生的な荒々しい世界が、「軍」という異世界が。
「クラウド・・・本当に殺人許可証なんてもらってるの?」マリアンは恐ろしさに口の中がからからになったがやっとのことで声を出した。クラウドは拳銃を拭き終えると、胸のホルスターにしまった。
「そんなものありません。ウソです。」クラウドがあっさり言ったので、マリアンは腰が抜けそうになった。
「じゃあ、もし襲い掛かってきたらどうするつもりだったの?」
「撃ちますよ、もちろん。」クラウドはそれがどうした、というような平静な顔だ。
「軍が揉み消します。チンピラの一人や二人撃ち殺しても結局はお咎めなんてありませんよ。許可証なんていらないんです。ただ、ああ言ったほうが連中にはわかりやすいんで。」
「世の中は物騒なのね・・・」マリアンが言うと
「かなり前から相当物騒なんですよ。戦時下ですから。僭越ですが、もう少し色々な事情をご存知の方が良いと思います。」クラウドにまた冷たく言われてしまった・・・
「お嬢様はもう少し新聞などをお読みになった方がよござんす。」マーサまで言ってる・・・
マリアンがしょんぼりしてると、クラウドが少し優しい声で話しかけてきた。
「でもレディは勇気がありますよ。泣いたりわめいたりしませんし。」マリアンはその言葉だけで嬉しくて涙が出そうになった。
「私も護身用に拳銃を持とうかしら。」マリアンが言うとクラウドは
「そうですね、持っていてもいいかもしれません。でも本当にいざという時以外は撃たない方がいいですよ。」そう言いながら、腰の後ろからもう一丁拳銃を出してきた。それはかなり小型で手の平にもおさまるくらいの大きさの銃だ。
「レディが持つなら、これくらいのがいいかもしれません。」クラウドに渡されたのでそっと握ってみる。拳銃は体温で温まってほんのり温かい。
「でも射撃練習とかはどうしたらいいの?」マリアンが聞くとクラウドは真剣な顔で、
「安全装置のかけかたさえしっかりわかっていればいいですよ。レディがもし撃つような状況だったら至近距離で腹を狙って二発以上撃てばいいです。まず外しません。射撃練習なんて必要ありません。」そういってマリアンの手から拳銃を受け取るとまた腰のホルスターにしまった。
「もし撃つなら絶対にためらわないこと。それだけです。」
マリアンは少し興奮して頬がのぼせてきた。マーサにじろりと見られ、
「そんな状況にならないよう自重してくださいませ。」と釘を刺された。
列車はトンネルの中を通過し、もうすぐグッドウィルだ。
マリアンはクラウドに付いて来てもらって本当によかった、としみじみ思った。自分が思ってたより世間の状況は悪いのだ・・・
ケンドリック家はウータイでは恨みをかってるから気をつけるように、と昨日マーサからも注意を受けたし。
パパの会社が兵器や軍事物質を扱ってるからだ。そういえば神羅のおかげで景気がいいって言ってた・・・
トンネルを抜けるとクラウドの携帯が鳴った。
クラウドは携帯を見ると「まったく・・」と小さい声でつぶやき、「ちょっと失礼。」と言ってコンパートメントの扉の外に出た。
マリアンはじっと耳を澄ませた。本当は扉に耳をつけて聞きたいくらいだったが、マーサがいてはさすがにできない。
(だから・・だって。心配はいらない・・別に・・・ウルサイ。もう切る。)切れ切れに聞こえた通話はつっけんどんなものだった。
クラウドが扉を開けて入ってきた。冷たい口調の電話だったのに顔が赤い。思わずイジワルな気分になり
「誰からの電話?」と聞いてしまった。
「友人からです。」とぶっきらぼうな返事が返ってきたと思ったら、そのまま顔を反らして黙り込んだ。
(きっとあの中尉だわ・・・心配して電話してきたんだ・・・)マリアンもなんだか嫉妬心のようなものが湧いてきて、一緒に黙り込んでしまった。
グッドウィルの駅は小さい駅で、基地近くのバーチウッド駅より人も少なく落ち着いた感じだ。
駅前には列車の到着時間に合わせて、ケンドリック家の迎えの車が廻されてきており、全員車に落ち着いた。
マリアンの伯母の屋敷は港を見下ろす小高い丘の上にあり、正面の門から敷地の中の緩やかな坂を上ると玄関前に出る。
庭は広く秋の花が咲き乱れ、屋敷の右翼前は広い芝生になっている。
「あの芝生で明日ガーデンパーティーをするのよ。」マリアンはクラウドに指差して教えた。クラウドはしばらくその芝生の庭を眺めていた。
玄関前には白髪で小太りの品の良い女性が待っていた。
「マリアン!!!」マリアンが車から降りるとよちよちと歩いてきて抱き締めた。
「こんな物騒な時にまあ、よく来てくれたわね!!」マリアンの伯母はマリアンの両頬に音高くキスするとマーサに挨拶し、クラウドに軽く会釈した。
「ご苦労さまですね。弟から聞いてますわ。わざわざ公休とって送ってくださってるって。あらまあ、なんてハンサムな軍人さんかしら!!」
クラウドの頬が少し紅潮した。
「レディ・マリアンを無事ここまでお送りできてほっとしてます。」ぎこちなく挨拶をした。
(まあ、クラウドってすぐ頬が赤くなるのね。色が白いから目立つのかしら。)
屋敷内に通されるとクラウドもマリアンの隣の客室に案内された。
クラウドは固辞していたが、マリアンが、
「私に何かあったらすぐに駆けつけてもらわないと!」と言い張るので、仕方なく隣室に入った。
軽食の後、マリアンは夜のパーティーに備えてお昼寝をしようと部屋にひっこんっだ。
クラウドからは、屋敷の状況を見たいので少し屋敷内と庭を歩かせてくれ、と言われた。そこまで用心する必要があるか分からなかったが、伯母に頼んで誰かに案内してもらうよう言っておいた。
マリアンは昼寝をしようと着替えてからふと窓の外を見ると、この屋敷のメイドがクラウドを案内してるのが見えた。
(伯母様ったら、なんでメイドなんかに案内させるのかしら・・・あらイヤだ。クラウドに見惚れてる・・・)
うっかりしてた。クラウドは自分の美貌の自覚がないんだった・・・
こんな田舎の屋敷に連れてきたら皆浮き足立つだろう・・・ベッドに横になりながらマリアンは巻き毛の端を噛んだ。
(まあ、二泊するだけだから。)そう思って自分を慰めたつもりが、自分も二泊分しかクラウドと一緒にいられないことに
気づきがっくりした。色々もやもや考えているうちに今日の疲れからかマリアンはぐっすり眠ってしまった。
→NEXT(マリアンふたたび〜グッドウィルにて)