<マリアンふたたび>
マリアンはごねていた。
来週末に伯母が催すパーティーにどうしても出たいのだ。
毎日毎日戒厳令とかで屋敷に閉じこもってるのにも飽き飽きした。
特にマリアンは先月こっそり街に出かけてウータイ兵に拉致されてからは、監視も厳しく、このところは一歩も家から出してもらえない日が続いている。
伯母は山を一つ越えた港町に住んでおり、小さい時からマリアンを可愛がってくれた。
伯母の誕生日パーティーを兼ねて近隣に住んでいる従姉妹たちも集まるというので、ずいぶん前から楽しみにしていたのだ。
「パパ、どうしてもダメなの??」マリアンはソファに座ってる父親の背中側から腕をまわし、父親の髭でざらついた頬に自分の柔らかい頬を押し付けた。
いつもならこれで父親は陥落するはずなのに・・・
「お前はこの前の事をもう忘れたのか??!!今街は戒厳令なんだぞ!また拉致されたらどうするんだ!!」
マリアンの父はソファに深く座り直し、からみつくマリアンの華奢な腕をそっと振りほどいた。
ケンドリック家の居間は厚い絨毯に覆われ、マリアンが忌々しげに足を踏みならしてもほとんど音がしなかった。
部屋の隅では婆やが知らん顔して編み物をしてる。
マリアンはいよいよイライラしてきた。
もう、家の中に閉じこもってるのはゴメンだ。パーティーに行きたい・・・従姉妹たちとおしゃべりしたい・・・
そうだ・・・もしかして・・・
マリアンの頭にある考えがひらめいた。
「ねえ、パパ、優秀なガードマンが一緒ならいいかしら??」
「山向こうまでは道路が封鎖されてるから、汽車で行くしかないんだぞ。このところ物騒な連中がウロウロしてる。誰が付いていくんだ?!うちの屋敷にはそんな優秀なガードマンなんていないぞ!」
「だから、現役の軍人で優秀な人。ほら、前に私を助けてくれた伍長なんていいんじゃない?パパはマックスウェル大佐と仲良しだったわよね?」
ケンドリック氏は渋い顔をした。無理にでも頼めば聞いてくれるだろうが、今回は前とはわけが違う。命にかかわることでもないし、純粋にマリアンのワガママだ。
部下の軍属をこんなことに貸してくれるだろうか・・・ケンドリック氏の気持ちは娘可愛さに一瞬揺らいだが、心を鬼にした。
「いかん。お前はワガママすぎだ。」
ケンドリック氏が難しい顔をしてると、マリアンは目にいっぱい涙をためてケンドリック氏の隣に座った。小さな手を父親の手にそっと乗せると、こう言った。
「無理なら仕方ないわ・・私・・・我慢する。」声を震わせ、濡れた睫毛をそっと伏せた。
ケンドリック氏は陥落した。
ザックスは士官会議から部屋に戻ってくると、自分の事務机に座って、ザックスの報告書を仕上げてるクラウドに声をかけた。
「おい、マックスウェル大佐がオマエに用だってさ。なんでも私用だって言ってたな。すぐ部屋に来るよう言われたぜ。なんだろうなあ?」
ペン先をインクに浸し、報告書の清書をしていたクラウドはイヤな予感がして、手を止めた。ペン先からインクがぽたりと落ちて、書類に大きな浸みを作った
「汚した・・・書き直さないと・・・」そうつぶやくと、この悪い予感が外れてくれればいいと思いながら立ち上がった。
クラウドは大佐の部屋の扉をノックした。
「クラウド・ストライフです。お呼びということですが。」
部屋に入ると大佐は来客用のソファの方に座っており、クラウドを振り返るとなんとも困ったような顔をしてクラウドを手招きした。
「君は公休を取ってみようなんて考えてないかね?4〜5日なんだけどね。」
「公休ですか??別にこのところは後方待機なので、時間はありますが。」いよいよイヤな方向に話が進んでる気がしてきた。
「私からの個人的依頼として、要人の警護を頼みたいんだがね。あくまで私的なものだ。君に断る権限はもちろんある。」歯に物がはさまったような言い方だ・・・断るなんて選択があるとは思えない、この状況で。
「なんであろうと、お断りする権限は私にありません。」クラウドは仕方なくそう答えた。
それ以外答えようがない。
大佐はほっとしたような顔をすると
「それは助かる。実に私的な依頼でね。君が以前助けたレディがいただろう?彼女の護衛をお願いしたいのだ。」
来た・・・もしやと思って恐れていたことが。大佐の私的依頼と聞いた時から感じていたイヤな予感は的中した。
「ミス・ケンドリックの護衛ということでしょうか?」クラウドは心の中で、断れないこの状況を呪った。しょせん軍隊なんてそんなもんだ。
「いや、本当にたいしたことじゃないんだ。山向こうのグッドウィルまで汽車に乗って送って行って、用事が済んだら自宅まで送り返してやるだけの簡単な仕事だ。君がついてれば拉致されたりしないだろう。」大佐はクラウドと目を合わせず、早口で一気に言った。
「私はスナイパーですので、街中ではそれほどお役に立てないと思いますが。」一応勇気をだして虚しい抵抗をしてみた。
「い・いや・・・君は短銃系も得意だそうだし・・・まあ、その。。。」大佐は汗をふいた。
「レディ・マリアンが君をご指名なんだ・・」
ご指名ですか・・・
クラウドは意志の強そうな(というか我がままそうな)少女の小さな顔を思い出した。自分をどういう目で見てたか、さすがにそういう事に鈍いクラウドにもわかっていた。かなり苦手な状況だ。だが、ここまで聞いて断るわけにはいかない。
もう毒を食わば皿までの心境で返事した。
「ご期待に沿えるよう力を尽くします。レディの身の安全を守らせていただきます。」
マリアンは浮き浮きしながら荷造りしていた。
緑のグラデーションのきいた軽いシフォンのドレスが自分をどんなにひきたてるか良く知ってる。夜のパーティーにはこれを着よう。ガーデンパーティーにはこの前オーダーしてまだ一度も着てないクラッシックな小花柄の白とグレイのワンピースを着よう。
従姉妹たちにクラウドをみせびらかしたい。
きっと皆驚くわ。ルーシーなんてあのにやけた若手の俳優を自慢たらしげに連れてきてたけど、あんなの目じゃない。クラウドの方が断然素敵。ミステリアスだし。
ベッドの上に大きなトランクを置きお気に入りの小物を詰め込んだりしていた時、誰かがドアをノックした。
「どうぞ!」思わず声まで陽気になる。
ゆっくりドアが開くと婆やが入ってきた。
「お嬢様、今回のお出掛けには私も付いて行くことになりました。」
ずりおちる老眼鏡を指でおさえながら、婆やがゆっくり部屋に入ってきた。
思わずマリアンは荷物を入れる手を止め、ぽかんと婆やを見つめた。
「マーサ!!!なんでお前が付いてくるの!リュウマチの具合が悪いんじゃなかったの??!」
小柄な婆やはマリアンの前まで進み出ると腰に手をあてて、マリアンを見上げた。
「お嬢様、私はお嬢様をアカンボの時から存じ上げております。何を企んでるかなんてすぐわかりますよ。その獲物をくわえたドラ猫みたいな目つき・・・その伍長とやらはどうせ男前なんでしょう?」
マリアンは絶句した。
「大体、いくらお堅い軍人さんだって言ったって、妙齢のお嬢様と二人きりでお出しするわけには参りません。私がご一緒します。」
マリアンは天を仰いだ。そうそう思うとおりに事は運ばない・・・保護者付きとは。
クラウドは部屋に帰ってくると思いっきりドアを閉めた。部屋の空気がびりびり震えた。
ザックスはソファに寝転んで煙草を吸っていたが驚いて半身起こした。
「どうしたんだよ、ご機嫌斜めじゃないか?」体を起こすとクラウドのために場所を空けた。
クラウドはどさっとソファに腰を下ろすと、いかにも機嫌の悪そうな声で
「ザックス!!ヒマなら少し書類書いててくれればよかったのに・・・全部オレにやらせる気?」
というとサイドテーブルにあったビールの残りを飲み干した。
「な・なに言ってるんだ、オレの字がヘタなの知ってるだろう?さっきまでは気持ちよく引き受けてくれてたじゃないか・・・」
ザックスはクラウドの肩を抱くと耳の後ろに口付けした。
クラウドは横目で軽く睨むと、
「オレ、公休とって4〜5日留守にするから。」と言った。
「どういうことだよ??」ザックスがぎょっとしてクラウドの顔を覗き込んだ。
「例のマックスウェル大佐の知り合いの娘、マリアンって言ったろう?彼女の護衛を頼まれたんだ・・・」
「マリアン???」ザックスが一瞬たじろいだ。
「知ってるの??」
「ああ、知ってるというか・・・知らないというか・・・」
「どっちだよ?」クラウドが聞くので仕方なくザックスは答えた。
「オレの足の甲にピンヒールの踵を突きたてたレディだよ。」
「ああ、この前の神羅のパーティーで。」そういやそんな事ザックスが言ってたような覚えがあった。
「クラウド、オマエ覚悟して行けよ。オレのことは心配するな。淋しいけどガマンするから
。」
ザックスはクラウドの首に両手を廻すと髪に顔を押し付けてつぶやいた。
停車場前の広場は人でごった返していた。
マリアンはケンドリック家の車で駅前までやってきた。
隣には婆やのマーサがちんまり座っている。
待ち合わせの場所近くで車を降りると、駅前の時計台の下にひときわ目立つプラチナブロンドの青年の姿が目に入った。
(彼だわ!!!やっとまた会えた!)マリアンは心の中の浮き立つような喜びが顔に出ないよう頬の筋肉に力をこめた。
まずは私服のクラウドをじっくり眺める。
青いハイネックのシャツに黒のレザージャケットを着ている。片方の脇がわずかにふくらん
でいるのは、きっとホルスターに拳銃を納めているのだろう。洗いざらしのジーンズに足元はコンバットブーツのままだ。
二人連れの女の子が声をかけようとして近づいていったようだがあえなく撃退されていた。
(ふふん、彼の冷たさにめげるようじゃダメよ。)
マリアンがクラウドに近づいて声をかけようとした時、婆やのマーサがつつと前に出た。
「失礼ですが、ストライフ伍長ですか?」マーサは値踏みするようじろじろとクラウドを見つめた。
「はい、マックスウェル大佐から護衛を申し付けられました。」さすがに敬礼はしなかったものの、背筋をのばし、目礼した。
「私はマーサ・クラウザー。ケンドリック氏から、くれぐれもお嬢さんを無事にお連れする
ように伝えてくれと頼まれました。よろしくお願いしますね。」
「了解しました。」クラウドは言葉少なに答え、二人の手荷物に目をやった。
「お荷物をお持ちしましょう。」そういうと、腰のポーチからストラップを取り出し、二人の荷物を一つにくくり、片方の手に持った。
「右手は開けておきたいんで、まとめさせていただきます。」
「久しぶりね。クラウド。」マリアンはにっこり笑いかけた。
「お元気そうで何よりです、レディ。」クラウドは例の固い声で答えた。マーサがこっちをじっと見ている。おかげでそれ以上何も言えなかった。
「汽車は十時発のようですので、もうそろそろホームに行っていたほうが良いと思います。
どうぞ私から離れないようにしてください。」
三人は人波をかきわけてホームへと向かった。マリアンはクラウドの後ろからついていった。はぐれるといけないので、ジャケットの端を握り締めたが、クラウドは何も言わなかった。
轟音とともに汽車が入ってきた。クラウドとともに一等車両に乗り込むとほっとした。
座席は向かい合わせの席のあるコンパートメントで、小さいながらも貸切だ。窓際にマリアンが座り、隣にマーサが座った。クラウドは荷物を棚に収納すると、マーサの向かいに腰掛けた。
(マーサが付いてこなかったら、このコンパートメントに二人きりだったのに・・・)
列車が発車した。単調な振動が体の底から伝わって来る。
約4時間でグッドウィルだ。なんだかどうって事ない旅のような気がした。そんなに世が物騒だとも思えない。
マリアンはこっそりクラウドをうかがい見た。コンパートメントの外側に気を配ってるのか、窓とは逆の通路側に顔を向けてじっとしている。
端正な横顔を見つめていると、隣からマーサが脇をつついた。
「お嬢様が無理を仰った理由がわかりました。」マーサは片眉を持ち上げてふっと笑うと手持ちの鞄から本を出して読み出した。
まあ、憎らしいと思ったものの、マーサがいてはべらべらと話をするわけにもいかない。
「ちょっとお化粧直してくるわ。」マリアンは立ち上がって、コンパートメントから出ようとした。
「失礼ですが、ご一緒します。」クラウドが立ち上がった。
マリアンはマーサを一瞥するとすまして通路を歩き、隣の車両の洗面所に向かった。クラウドが後から付いてくる。
「ここの出入り口はここだけですか?」クラウドが洗面室の入り口で聞くので、
「そうよ。待っててくれるの?」と聞くと、
「こういうところが一番危ないんです。」と真面目な顔で答えた。
用を足し、化粧を直し化粧室から出ると、クラウドが化粧室入り口脇にある非常扉の前で待っていた。非常扉のガラスから明るい日差しが差し込んできてクラウドの髪をきらめかせている。
やっと、二人っきりで話しができる。
「クラウドは元気でやってたの?」マリアンが聞くと、
「はい、レディ、変わりなく過ごしてました。」と無表情に答える。
「ねえ、クラウド、私の護衛なんて迷惑?」マリアンは思い切って聞いてみた。
「迷惑とか迷惑じゃないとか関係ないです。大佐の命令ですから。」と答える。
「ふ〜〜ん・・・大佐の命令ならなんでもするのね。」マリアンが上目遣いに見上げると、
「はい、レディ、それが軍属というものです。」とアイスブルーの目を向けてくる。相変わらず冷たいのね・・・
「じゃあ、大佐が私にキスしろって言ったら言うこと聞く?」
「はい、レディ。」クラウドはマリアンを下目使いに見ると
「どんなキスでも。」と答えた。その目には一瞬マリアンをからかうような色が浮かび、瞳の奥にちらりと艶めいた動きが見えた。
マリアンは背筋がぞくりとした。(こんなに色っぽい人だったかしら・・)
「そう・・・覚えておくわ!」マリアンは威厳を失わないように、紅潮した頬を隠すためクラウドに背を向け、背筋を正して自分のコンパートメントへの通路を歩いていった。クラウドの表情を見たかったんだけど。
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