カップを割ってしまった。何のカップって勿論、執務室の棚に鎮座ましましているティーセットのカップである。
日頃から、かわいいなあ、と思っていたそれを、今日はまじまじと手に取って見ていた。御剣さんのいないときに。(触るなとは言われていないけど睨まれそうだから)
落とさないようにしようとは思っていた。しかし思っているときほどそうなってしまうものだ。
手からカップのつるりとした感触が消えたとき、ひやりとした。したときにはもう遅かった。思わず目をつむってしまった。目を開けたらあら不思議、でもなんでもなく、床には破片が散らばっていた。
箒とちり取りで破片を片付けている間も、頭の中では何と謝ったものかという考えがぐるぐる回っていた。彼は今日裁判だ。そんなに大きい事件でもないからすぐに帰ってくるだろう。弁護士のほうもなに歩堂とかいう人ではなかっただろうし。
破片を御剣さんにばれないように始末して、昨日言われたとおり紅茶を煎れる準備をしながら(頭では依然言い訳を考えながら)、彼の帰りを待った。



見つけたのは偶然だった。
検事局に戻り、別の事件の書類に目を通す。そしてふと、本棚に架かった梯子の影にあるそれが目についた。
白い、窓からの光に輝く破片だった。椅子から立って拾い上げると、見覚えのある柄が入っている。
そういえば。
(……妙に、そわそわしていたな)
棚に設えたティーセットの棚に視線をやったところで、ドアが開いた。
私が持ったカップの破片に気付いて、彼女はしまった、という顔をした。わかりやすい女性だ。
「……すみません」
「何がだね」
わかってるくせに。そういう顔をして、彼女が私を睨めつける。
「カップ、割っちゃって」
花瓶でも割って叱られている子供のような顔をして、彼女は小さく言った。いつもならば私も生徒を叱る教師になっていたかもしれないが、今日の法廷は有罪判決で機嫌がいい。それに、相手が彼女だからということも、無きにしもあらず、だ。
「…怪我は」
「え?」
別のカップに紅茶を注ぐ彼女の手が止まる。
「怪我はなかったかね?」
「はい…まあ」
彼女の視線が、すぐに私からカップに戻った。照れた顔より困った顔のほうが、個人的に好きなのだけれど。
そういえば、もうすぐ私は誕生日だ。
そのうち蒸し返して、また困らせてみるとしよう。





08.01.19
(部下を困らせるのが好きな困った検事)

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