□アイスコーヒー
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「正義感とかさ、もううざいよな。」

彼はさもどうでもいいという口調で言った。


「ガキは正義の味方に憧れるけど、俺はそんなものどっかやっちゃったよ。」


「ふふ、では元々はお持ちになっていらしたんですね?」



「ああ。」

一言だけ呟いて、グラスを傾け透明な茶色い液体を流し込む。

「甘い…」

底の方の液体を飲むと、彼はほんの少し顔を歪めてグラスを離した。


「時間が経ちましたからね。底の方にシロップが溜まっているのでしょう。」


「溶けきれねぇんだよな。」

グラスに向かってそう言って最後まで飲み干した。



「俺の正義感なんて今頃は古新聞の隙間にでも挟まってんのかな。」


「探してみます?」


「はは。まず20年前の新聞探さなきゃな。」

右目だけ細めて彼は笑う。


「俺は捨てた覚えはないんだけどな。母ちゃんが一緒に紐でくくって捨てちまったかも。」




彼の視線が横に流れた。

東向の窓からはまだ柔らかい日の光が染み込む。

その先で青緑色の葉が窓ガラスを触っていた。


「ここは、いつも初夏みたいだ。」

ぽつりと1人漏らす。


「そうかもしれませんね。」

小さな呟きにさえ返ってくる返事に彼は小さく笑った。


そして茶色がかった氷をがりがりと噛みくだく。

喉を落ちる氷の破片が点々と食道を冷やす。




「さてと、もう行くわ。」


彼は立ち上がり、260円をカウンターに置いた。



「お仕事ですか?」


「ああ。デパートであるヒーローショーのヒーロー役だよ。」


「分かりやすいですね。」

「そんなもんだよ。」

彼は淡々と答える。

「良かったら来るか?」

そう言ってジーンズの右ポケットから取り出したのは小さく折り畳んだチラシ。

ささくれだったそれを広げて右上を指し示す。

戦隊レンジャーもののショーの案内が載っていた。


「今日は仕事がございますので、明日の午後の部に参らせていただきます。」


「1人で?」


「そういうことになりますね。」


彼は、親子に混じって1人佇むいい歳の大人の姿を想像して苦笑した。


「待ってるよ。じゃあそろそろ行かないと。他の奴等はもう着替えてるかもな。」


「御来店ありがとうございました。お引き留めして申し訳ございません。」


「いいんだ。それじゃ、また明日もしつこく来るよ。」


「はい。お待ちしております。」

彼は背を向け扉のノブを回した。




「お客様。」


不意に飛んでくる言葉に振り向く。

「何だ?」





「何色でございますか?」

一瞬何を聞かれているのかよく分からなくて動きを止めたが、すぐに可笑しくて仕方がないという表情をして答えた。



「青色だ。頭脳プレイのブルーだよ。」


「さようでございますか。貴方にぴったりです。」

「そうか?」

「そういうものです。」



その言葉に彼はもう一度くしゃっと顔を崩した。



扉を開くとそこは店の影になっていた。

途切れ途切れの影が路地を飾る。

その先に見える大通りに向けて一歩踏み出す。




さて、仕事だ。
待ってろよガキども。


戦隊レンジャーのテーマソングがどこかで流れたような気がした。




fin.
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