Fake Blue

□NO3.囁く声
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伍番街スラムのうらぶれた路を、亜麻色の髪をなびかせて エレノアは歩いていた。
道端で眠っている子供。その隣で、疲れた顔で座り込んでいる父親らしい男。しゃがみこみ、顔を付き合わせてヒソヒソと横切る通行人を値踏みしている輩。
スレた臭いと、腐った水の臭いが混ざりあった空気。

そんなスラム街の奥へ進むと、ガラクタにしか見えない家々のひとつの前で足を止めた。
家の横の暗がりで短くなったタバコを吸っている男は、自分を見下ろす人影を上眼使いに見る。

「ーーーあんたか」

「どう?様子は」

「どうもしねえよ。相変わらず、黒いボロ布ひっかぶって、うう唸ってやがるぜ」

「そう・・」

エレノアは男の横をすり抜け、ひとひとりやっと通れるくらいの細い路地を進んだ。
突き当たりには大きな土管のような家があり、ドアの代わりにカーテンが閉まっている。それを捲り、中へ入る。

家の中には、黒いボロ布をまとった若いとも年寄りともつかぬ男がうずくまっている。腕には刺青があった。何の意味か、彫られているのは数字の2。
4、5年前に エレノアが連れて来て住まわせ、さっきの男が金で面倒を見ている。

ボロ布の男は、 エレノアを見ても何の反応も見せず、焦点の合わない眼でブツブツと何かを呟いている。
痩せてはいるが、食事は与えられているようだ。
10分程男を観察すると、表に出て先程の男に封筒を差し出した。かなりの厚みだ。

「よろしくね・・」

男は封筒を受けとると、離れていく細い手首を掴み、下卑た笑みを エレノアに向ける。

「なあ、あんな頭の可笑しいヤツより、俺と遊ぼうぜ。アイツよりよっぽどいい思いーーー」

顔色ひとつ変えずに、 エレノアは男の喉元に薄く青緑に光る刀の鋒を当てた。彼女の愛刀ーー花浅葱。
男は慌てて手を離すと、両手を振る。

「じょ、冗談だよ。わかったわかった、俺が悪かったよ。ちゃんと面倒見とくよ」

「頼むわ・・」

花浅葱を鞘に納めると、踵を返す。

「チッーー神羅のイヌが!」

男の捨て台詞を聞き流し、スラム街を歩く。
幾つもある真っ暗な路地をひとつ通り過ぎると、ピタリと立ち止まった。


「デート?レノ」

そう声を掛けると、物陰から赤い髪の男が出て来る。

「あ〜ーー可愛い彼女と待ち合わせ中だぞっと」

「スラム街で待ち合わせなんて、センス悪いわね」

「ここで逢い引きしてるアンタに言われたくないぞっと」

「・・・誰と?どこぞのお坊っちゃま?」

「俺は男と付き合う趣味はないね。付き合うなら、アンタみたいな可愛い子ちゃんーー」

へらへらと笑いながら、 エレノアの肩に腕を廻して抱きよせる。
鼻を擽る彼女の髪の香りに、レノの唇が思わずあがる。
そのまま、ふたりは恋人同士のように歩き出した。



              ・・
こうして口説いてくる男など、あの事件以来皆無だというのにーーー
まぁ、事件前は別の意味で云い寄ってくる者もいなかったが




「趣味、悪いわね」

「そっかあ?いい趣味だと思うけどな」

無表情でつく悪態に、レノは嬉しそうに返事をした。

「そういえば、珍しい動物が見つかったのよ。知ってる?」

「へ〜どんな?」

「丈夫で長命な犬よ」

「へえ・・じゃあ、その犬にほじくり返されねぇようにしないとな」

「何を?」

「種さ。古〜い、種」
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