頂き物

□君の為に
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弱肉強食の世界、大雪原に覆われた、北方の地ブリッグズから彼女がここ、セントラルへ来て半年が過ぎた。
ある事件が起こり、それをきっかけに、ようやく周りの者たちとも気軽に話せるようになった。
一人でこなしていた重要な作業を頼める程の、信頼出来る人間が周りに溢れていた事に、最近になって気がついたのだ。


「アヤ、私の部下は優秀な者が多かっただろう?」


ロイ・マスタング大佐は、自慢げに微笑みながら彼女に近づいた。
そのまま並んで二人で廊下を歩く。
すれ違いざまに、多くの男性軍人たちが彼女を横目で見ていたことに、ロイは気づいていた。
ちょっとした優越感を感じていた。それほどまでに、彼女は容姿端麗なのだ。


アヤはロイの問いかけに対し、手にしていた資料から目を離さないまま、


「上官が不甲斐ない分、下がしっかりするんだろうな。」


さらっと、その一言だけを呟いた。
彼女の言葉を聞き、ロイは苦笑いをする。しかし、すぐにホッとしたように微笑んだ。
事件の真相を遅れて知り、それから彼女の心配をしていたが、どうやら無用だったらしい。
事件以後、彼女は誰の目から見ても分かる程に、性格が丸くなったからだ。

最も、その丸くなった理由の九割を占めているのが、『彼』だということはわかってはいるが、納得出来ない気持ちもあった。


「どうだい、今夜食事でも?」


相変わらず顔を上げないアヤに、ロイはにこやかに尋ねた。
彼女は、文字の羅列を目で追いながら、軽くため息をついた。

「マスタング…私は冗談が嫌いだ。しかも、面白くない。」


「もちろん本気だ。君がここへ来て半年。仕事の近況報告も兼ねて、良案だとは思わないか?」


「近況報告なら、この場でしてやる。」


ようやく顔をロイの方へ向けたアヤは、冷めた表情で彼を見上げた。
その冷たさと言ったら、ブリッグズのブリザードを連想させるような、驚く程の冷たい顔だった。


「ロイ・マスタング大佐の部下数名、彼らは皆優秀で、任せた以上の仕事をこなしてくれる、頼もしい逸材だらけだ。」

「嬉しい報告だな。」


ロイは満面の笑みを浮かべて、腕を組みながらしきりに頷いている。


「問題なのは、マスタング大佐のみ。彼は仕事のサボり癖があり、女性問題に対しても見境が無い。
大問題だ。軍法会議にでもかけて、厳しく処罰を与えるべきである。以上で、報告は終わりだ。」

「き…厳しい報告だな。」


あまりにも平然と言い放つ彼女の姿に、冷や汗を一筋流しながら、ロイは額に手を当てた。
さすがに、頭が痛いのだろう。


「こんなところで油を売っている暇があるなら、仕事をしろ。中尉に迷惑をかけるな。」


アヤの発言に、ロイは目を丸くした。


「中尉とは…随分打ち解けたようだな。」

「彼女には、色々と世話になっているからな。お前の面倒だけで、手一杯だろうに。」

「私も中尉には、助けられっぱなしだ。」


ロイは、眉根をさげて微笑んだ。
アヤは事情は知らないが、この二人の信頼関係はかなり奥深いものがあるらしい。
ロイがこんなに穏やかな表情をすることに、今度はアヤの方が目を丸くした。


「そうだ。中尉への感謝を示す案を模索する為に、今夜食事でも…。」

「お前が仕事をすれば、問題ない。」

しつこいな…とアヤは顔を背けた。すると、後ろから伸びたロイの手が、彼女に肩に置かれる。
抗議の言葉でも言おうと思い振り返ったが、ロイの表情は思った以上に真剣だった。


「冗談はさておき…君がここで不満無く仕事出来ているのなら、私は安心だよ。」


先ほどからずっと、ロイの表情は明るい。
軍でも黒い噂は色々と耳にするが、彼がそちらの道に足を踏み入れることはないだろうと、アヤは確信していた。
それは、彼の人柄からでもあるが、周りがそうさせるのだろう。
実際、彼の周りは気持ちのいい連中ばかりだ。



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