頂き物
□春の宵
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「アヤ先輩、まだ帰らないんですか?」
不意に声を掛けられて、PC画面から声のする方向へ視線を翻せば……
働いていた時とは打って変わった華やかな服装と、愛らしい化粧で決めた後輩二人・ユウナとリュックが、更衣室の扉を背に、不穏な顔で歩み寄って来ていた。
察するに、この後合コンの約束か何かが入っているものの、先輩であるあたしが帰る前に自分達だけ帰るのは気が引ける……というところだろう。
「うん、ちょっと仕事頼まれちゃってね〜。」
「うわっ!こんなに?!」
「もしかして…またアーロン課長ですか?」
「そそ。帰る間際に捕まっちゃうとか、ホントついてないよ〜。」
「大変ですね……私、手伝いましょうか??」
思わずそう言わずには居られなかったらしい。口を滑らせたユウナに向かって、リュックがあからさまに焦った顔をした。
手伝ってたら間に合わなくなっちゃうよ?!なんて本音がこぼれかけた口元で。
………そう。
今あたしのデスクの上には、とある上司から渡された“書類という名の無言の圧力”が課せられていて、
別に期日が明日までというわけでもないのに、意図も終わりもいっこうに見えないサドンデスな残業を強いられていた。
正直、こんなことをされる心当たりはまったくない。
気付いたときにはもう目をつけられていて、事あるごとに説教や苦情を浴びせられてきた。
まぁ、強いて思いつくことといえば、入社したての頃に淹れたコーヒーの温度が、少しだけぬるかったことくらいだけど……もうあれから二年だ。コーヒーの上手な淹れ方くらい、いくらなんでもとっくに弁えてる。
もしそれをここまで引きずって、待遇に差をつけているのだとしたら……それはあまりに大人気ないんじゃないか。
だから、もし本当に手伝ってもらえるのなら、手伝ってもらいたい気持ちは山の山。
けど……これは別に彼女達がサボって出来たしわ寄せ、というわけじゃないし、
彼女達と違って、あたしにはこの後の華やかな予定があるわけでもない。
それに、これはある意味じゃめったにないチャンスだ。
この仕事を本当にひとりでやり遂げて見せれば、あの上司も一泡吹いて、しばらくは大人しくなってくれるかもしれない………無論、可能性はゼロに等しいけど。
それでも駄目だっていうんなら、今度こそパワハラで訴えてやる。もう決めた、こんなの絶対に堪えられないんだから!
……なんて、妙な闘争心に火がついてしまっていたりして。
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