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□願わくば、よ、
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「綺麗だったな。」

「う、ん!格好、良かった!」



ネイビー地に極細の青いストライプの2Bスーツに黒地に白の小さなドットタイ。
器用に左手でネクタイを緩めた阿部 隆也は、隣を歩く三橋 廉に声をかける。

ブラックスーツに暖かな桜色のネクタイをきっちりと締めたままの三橋は、阿部の言葉に何度も何度も頷きながら返した。



春。
その式場は、豪奢な造りの正門の脇に、桜が咲いていた。


ひらひらと踊る真っ白なベール。
裾の長い純真無垢なドレス。



「まさか、あいつが一番先に結婚するとはな。」



花嫁が父親と腕を組んで歩くバージンロードの先で待つのは、かれこれ四年前までは同じ野球部の一員だった男。


白いタキシードに身を包んで、緊張から強張った顔立ちを浮かべるその元チームメイトの表情が、花嫁の手を取った瞬間、ふと和らいだのを、阿部は、ただ見ていた。



「幸せそう、だった ね!」

「んー、おぉ。まぁ、あんな美人な嫁さん貰えば誰だってあーなんじゃねぇの。」



冗談交じりに言った、阿部のそんな台詞に三橋が「ふふ、」と静かな笑みを洩らす。


さわさわ、と川の流れる音。
二人が歩く土手には黄色いタンポポが、ちらほらと揺れる。


暫らく川べりを歩いて。
静かに足を止めた阿部に気付いた三橋も、そっと立ち止まった。



「あべ、くん?」

「みはし、」



川の方へ視線を投げた阿部が三橋の名を呼ぶ。



「三橋、」



引き出物を持つ右手が、震える。
三橋の名前を呼ぶ、俺の声も何だか震えていて、思わず嗤えた。
さっき叩いた軽口が、何処か寒々しく思えてくる。
どれだけ美人な人を連れて来られても、幸せな顔など出来ない事は、自分が一番良く知っているくせに。



「あ、べくん、阿部、くん」



いつもの二割増し下がった八の字眉で心配そうに俺の名前を繰り返すから。
左隣に立つ三橋の手を、ぎゅう、と握り締めた。




披露宴が終わって。
元西浦野球部一同で、日を改めて祝賀会をする事が決まったから、今日の式の後に開かれる二次会には参加せず俺は帰る事にした。
他の奴らは参加するみたいだったけど、俺は行かないと告げると、なら俺も帰るよ、と三橋は笑った。


だけど、真っ直ぐ家に帰る気にはなれなくて。
ふらふらと、母校である西浦高校の辺りを歩き回る。
三橋は、何も聞かず、俺の隣を歩いていて、それが嬉しかった。



それと同時に、怖かった。

俺は、ずっと、怖かった。


帰り際に見た、風に散って往く桜の花びらが瞼の裏にこびり付いて。
祝福を受けて新郎新婦にかけられるフラワーシャワーの花びらと、散って誰かに踏まれた桜の花の対比が。
別れの象徴に見えて。



「三橋、好きだよ」

「お!れ、も 好き、だよ!」



繋いだ手を、同じ様に力一杯握り返してくれた三橋。
一生懸命に気持ちを伝えてくれた三橋に目頭が熱くなる。



なんて、なんて非生産的な想い。


誰も、認めてなどくれない。
誰も、祝福などしてくれない。


どれだけ想っても、俺たちには、今日の様な光は当たらない。


「次は誰の結婚式だろうな」と元野球部の1人が言った。
息苦しさに目眩がした。
俺たちは、俺たちである限り、あの場所に立つ事は許されないのだと。
それは、分かっているから。


結婚も、子供も出来ない。

そのどちらも、俺にとっては、どうでも良い事だったし、今も俺自身は興味なんてない。
だって、それが全てでは無いと、思ってるから。


でも、ふ、と思う。


みはし、三橋。


俺はお前が居てくれれば、それでも良いと思えるけれど、お前は。



「阿部、くん」



それでも、俺には、この声が、この体温が、総て。



慈悲も、加護も要らない。


だから、神様よ、どうか、


自分の身勝手なエゴだと分かっているけれど、だけど、どうか、


こいつだけは、俺にください。



願わくば、
神よ、




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