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□今もピリオドは打てない、
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もう少し、早く出逢っていれば、違ったのだろうか。


出来る事ならば、あいつより先に出逢いたかったのだけれど。


どれだけ考えても、どれだけ望んでも時が戻る事なんてない。




「あ、べ くん」



夏大を目前に控えたある日。
部活が終わる夜の九時。
着替えを終えた部員たちが帰路に着こうとする中、バックから自転車の鍵を探す阿部 隆也の背に、今にも掻き消えそうな声が呼び掛ける。

声の主は三橋 廉。
高一の四月に野球部の一員として知り合ってから、早くも一年と三ヶ月の月日が経過したと言うのに、三橋は未だ若干の緊張を持って阿部を呼び止めた。



「あ?何だよ。」

「 あ う その、」



体の脇に下げられた三橋の両の手は、一度強く握られる。
口籠もる三橋に、阿部は知らず知らず眉間に皺が寄る。
それでも『待てるようになったよな、俺も』などと阿部は、ひっそりと思ったりした。
一年前の自分であれば、まず間違いなく『何だよ!』と声を荒げたに違いない。

三橋も、前の様に言い掛けた事を上手く言葉に出来ないまま止める事は無くなった。
少しばかりの時間は相変わらず要するけれど、それでも思った事はしっかりと伝えてくれる。


阿部は、それをとても嬉しく思ったし、時間をかけて、ゆっくりと今の様な距離になれた事を、何処か誇りに感じていた。


田島や泉。
三橋にとって兄のような立場の彼らとは、また違う近しい位置に自分が居る事。
バッテリーと言う、他のメンバーたちとは一線を画した絆がある事。
それが、ただ、嬉しかった。


三橋が、自分の名前を呼んで。
会話をすれば笑ってくれる。
それが、ただ、大切だった。


三橋の途切れがちな言葉を以前より待てる様になったのも、こんな『嬉しい』とか『大切だ』とか、そんな気持ちが積み重なったから。

ただ、それだけだった、筈だ。



俯き加減に宙を彷徨っていた三橋の目線が、意を決した様に阿部に向けられる。



「あ、のね !阿部くん、なら、誕生 日に 何が、欲しいと 思う、かな?」

「………は?」



突拍子も無い質問。
意図が理解出来なくて、少しばかり間抜けな声を上げてしまう。



「う あ えと、修ちゃん、が、もうすぐ 誕生日 なんだ。」



あぁ、そういう事か、と。
阿部は、僅かに目を伏せた。

『それで、何をプレゼントしたら良いか分からなくて』と三橋の声は続いている。



分かっていた事だった。
知っていた事だった。
三橋の心に寄り添う人の事。



「……あぁ、そう、だな。
叶、にやんなら実用的なモンのが良いんじゃねぇか?
タオルとか、そんなん。」

「タ オル 」

「野球やってんだし、俺は、嬉しいけど、そんなんでも。」



力無くぶら下がった阿部の腕。
ぎゅ、と右手を握り締めた。
存在を主張するように、ちゃり、と手に持った自転車の鍵がキーホルダーとぶつかり合って静かに音を立てる。

俺の顔は、冷静で居られているだろうか、阿部は頭の隅で考えた。



「 うん、そう か !」



阿部の返答を、頭の中にインプットし三橋は小さく何度も頷く。
それから、



「有り 難う、阿部 くん」



そう言って『フヒ』と笑った。



なぁ、三橋


なぁ、三橋。


お前が嬉しそうに笑うその顔は、あいつのものだって、


判ってるよ、知ってるよ。

三橋の中には、出逢った時から、あいつの存在は大きかった。
それは知っていた事。

三橋の中で、静かに、ただの大きな存在から、特別な存在に変わっていった事も気付いていた事なのにな。


だから、ただ、近付いた距離を、嬉しく思うだけに留めておいた。


それ、だけだった、のに。


それなのに、消えない。
もやもやとした、感情。
俺と三橋の、この距離を、もどかしく思い始めたのはいつだった?




聞いてくれ、三橋。


これが、恋だとか愛だとか。
そんな事は知らないし、俺にとってはどうでも良い事なんだ。


ただ、俺は、お前の真横に居たかった。
お前の心の傍に居るのは、いつでも俺であってほしかった。

俺の、真横に居るのも、三橋、お前であってほしかったんだ。




『良いの、見付かるといいな。』
なんて思ってもいない事。
微かに笑って告げる阿部に、三橋は殊更楽しげに笑うのだった。



今も
ピリオドは打てない、








image music/コブクロ
『そばにいれるなら…』

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