TROVADOR

□白き花弁、濡らす雫のその味は・・・
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「俺は、今でも十分に幸せです。こうしてあなたに愛を感じて抱いてもらえるだけで、もう十分に。こんなに安らかな心地になるのは、久しぶりです。黎深様に初めて抱かれた夜以来だ・・・」

ば、といきなり体を離されて、絳攸は戸惑った顔をする。

「今、何と?あの夜に、安らげたと?」
「は、い」
「お前が嫌だと泣くのにも関わらず、無理矢理に抱いたというのにか?」
「・・・・・・」
「私の手の中にお前を閉じ込めてしまえたなら、と。激情に揉まれ、今のように涙を流したではないか。気を失うまで、ずっと泣き続けて・・・」

黎深の顔こそが、泣きそうに歪んでいた。
それだけ、重かったのだ。
抵抗を無視して強姦したという罪の意識は、心のどこかで燻り続けていた。
絳攸もきっと恨んでいるのだろう。
けれど逆らえず、呼ばれる度に諦めて身体を開いたのだろうと。

「俺は、ただの一度たりとも、あなたと繋がる事を嫌だと思った事はありません」
「なら、あの涙は・・・」
「昔、あなたに拾われるまで俺が住んでいたのは、貧民街にとても近い所でした。当たり前に盗みや殺しが行われる場所。少女が何人も汚されるのを、赤子の頃より見ていました」

暗がりに引き込まれ、恐怖の悲鳴が空を裂き。
冷たくなった体が転がされている事だって、何度もあった。

「怖かったんです。あなたではなく、行為そのものが。俺は、ただ恐ろしいと思うだけの記憶しか持っていなかったから。だけど、あなたをこの身に受け入れた時、宥めるように抱きしめてくれた黎深様の温もりが、怖いものを全部取り払ってくれた。それから後の涙は、早くに母を失った俺の涙腺が、優しい人肌に耐えられなかっただけです。よく、思い出してください」

人の記憶は、時の流れによって幾らか変わってしまうもの。
優秀な頭脳を持つ黎深とて、例外ではない。

「確かに俺は泣き続けていましたけど、嫌だ、とは言わなかったでしょう?」
「・・・・・・・・・ぁぁ」
「あの時に、身も心も、全てあなたに奪われた。もちろん、良い意味でです」

浮かべた微笑は、大輪の李花のように美しく。
李の実のように熟れた唇は甘い味がするのかと、吸い寄せられた。

「・・・んっ・・・」

甘い甘い、果実の味。
零れる吐息は、匂い立つ花の香りの如く、清廉で。

「絳攸。お前は、王に能力を認められた花菖蒲だ。しかし、わたしと共に在る時は、その身の全てでもって、わたしだけの花であってくれ」
「はい。俺の全てはあなたの物です。俺は、黎深様の為にだけ咲く李花でありたい・・・」

互いの全てを求めるように、深く深く唇が交わった。



【End】
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