TROVADOR

□白き花弁、濡らす雫のその味は・・・
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絳攸が部屋を訪れて初めに請うた願いの理由を、黎深はやっと悟った。
名に込められた本当の意味を知って以来、絳攸はずっと考え悩んでいたのだ。
たった一言、自分の名を呼んでくれるその声の中に、どれほどの想いが込められていたのか。
確かめたくて、此処へ来て。
邵可や秀麗に向ける物とは明らかに違えど、その深奥に灯る蛍火はしっかりと存在していて。
心の箍が外れ、気づけば、想いを思うがまま伝えてしまっていた。
けれど、後悔と同時に生じたのは、これまで味わった事の無いほどの安らぎで・・・。


いいや、違う。
今までにも、たった一度だけ・・・。
深い安らぎを感じた事があった。
この温もりは、確か、そう・・・・・・。
決して忘れる事の出来ない、あの夜の・・・・・・。

「李絳攸」

顔の横に浮いていたままだった黎深の手が、絳攸の頬を取り、自分へと向ける。
薄い月明かりに煌めく瞳を美しいと感じた瞬間。
絳攸は唇を塞がれていた。

「黎深、さま?」

黎深は、甘く睦言を囁き、更に甘い口づけを交わすような、そんな性質ではなかった。
行為の最中でさえ、唇の交わりを感じたのは、数えるほどしかない。
驚きのあまり、絳攸の涙は、ピタリとおさまってしまった。

「謝るのは、わたしの方だ」

眼差しは、絳攸の知らぬ色。

「お前は、私の心を理解しようとしなかったと言ったが、そうではない。私自身が己の本心を他人のように見て、遠ざけていたのだ」

黎深がようやく気づいた、想いの色。

「お前が、引き戻してくれた。心と私を繋ぎ合わせてくれた。・・・そうして・・・今更に知ったのだ」

疎外にし続けた本意の色は、穢れぬ純白。

「絶対に手放したくないと思うほどに、お前を愛している。絳攸」

恋と呼ばれる気持ちの色は、綺麗に咲いた李花の色。

「絳攸。私が好きか」
「はい・・・」
「愛しているか?」
「はい・・・っ」

尽きぬ雫が滲みかけるのを隠してやるように、黎深は腕の中に絳攸を包み込む。
優しい抱擁。
涙を堪える為に、絳攸の体は震えた。

「すまなかった。これからは、お前の涙が幸せの為だけに流れるように、努力しよう」

きつく抱きしめられて、絳攸も応えるように背に腕をまわした。

「黎深様・・・」

黎深の温もりを感じて、ゆったりと身をもたせかかる。
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