TROVADOR

□白き花弁、濡らす雫のその味は・・・
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「どうした、絳攸?絳攸?」

声をかけても、俯いたままで返事は無い。
顎を取り顔を上向かせた黎深は、更に驚かされた。
大粒の真珠のような涙が、零れ落ちる絳攸の頬を濡らしていたのだ。

「絳ゆ・・・」
「ごめん、なさい」

唐突に謝られて、黎深は困惑極まれりである。

「ごめんなさい。ごめんなさい、黎深様。俺は、本当に・・・何にも気がつかないで・・・」

己の手指でいくら拭えど、涙は次から次へと溢れて止まない。
絳攸がこれほど泣いたのは、いつだったろうか。
確か、初めて身体を繋いだ夜だ。
寝台に無理矢理押し伏せたあの夜以来、絳攸の涙など、眦に滲むものをちらとしか見た事は無い。

「どうして俺は李姓なのだろうと・・・何故『紅』の姓を貰えないのだろうかと、一人で勝手に悩んで・・・。あなたにとって拾い損となってしまった子なのだ、名門たる紅家に迎え入れられるなど断じて在り得ないのだと決め付けて。
それでも尚、力を見せ、認めてもらおうとする自分が浅ましくて・・・・・・」

黎深はすぐに思い至った。
表に出る術を知らず、胸中に秘められたままの真意を理解できる聡い人は・・・・・・。
それを絳攸に伝え、絳攸が素直に聞き入れる人は・・・・・・。

「兄上から何か聞いたのだな」

一つ頷いて、また顔は下を向いてしまう。

「黎深様のお気持ちは、俺には向いていないのだと思っていました。あなたの愛情が注がれる数少ない相手は、邵可様たちのような、正しく血の繋がった肉親だけなのだろうと。・・・そうじゃ、なかったのに・・・」

絳攸は、とうとう床に触れんばかりに体を折って泣き出した。

「他ならぬ俺自身が、あなたを欠片も理解しようとしなかったんです」

体の位置が下がったせいで、黎深の手は絳攸の頭の横に来ていた。

「ごめんなさい。俺は、馬鹿なんです。本当に、どうしようもないくらい馬鹿で。黎深様に何も返せないんだ。ごめんなさい。ごめんなさい」


「だから、お願い・・・。どうか俺を捨てないで・・・・・・・・・!!」


悲痛な叫び声は、絳攸がずっと秘めてきた熱い想い。
力の無さを感じられ、いつか見捨てられるのではないかという不安。
それでもなお縋りついて、黎深と共に在りたいという切望。
二つの心のせめぎ合う中心には、ただただ、真っ直ぐな愛しかなかった。

「兄上から、名の意味を聞かされたな?」
「はい・・・」

姓の「李」は、黎深の一番好きな花のスモモから。
絳の字は、紅よりもなお深い真紅を。
攸の字は、水の流れる様を示す。
彼が自分の子供だという誇りと、流れる水のように自由に生きて欲しいという願いがこもった、至上の名前。
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