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□5.待つ存在は、唯一つ:高久
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白銀の冷糸が虚空より細く降る。吐息が白く染まるので、雨はどの程度雪に近いのかと、傘の外へ手を差し伸ばした。
すると、まるで研ぎ澄まされた刃物の切っ先を緩りと押し当てられるに似た痛覚を覚え、思わず顔をしかめた。
嗚呼、そうか。
季節はもう移ろったのだ。
愛しい者達が眠るあの夏は既に空に吸い込まれ、秋がその上に静かに降り注ぎ、遂には命の輪廻が途絶え、万物が静かに眠りに身を委ねる…冬がこの神国に訪っていた。
僕を、彼等から引き離すかの様に(まあ、元々引き離したのは、彼等自身だったのだが)。
敷石の合間に溜まる水に袴の裾を濡らすのを厭い、それの上を跳ぶように渡り、屋根の有る所へ急ぐ。
が、ふと気粉れで下を見たら、仏頂面を保っては居るものの、今にも空に倣って雫を零し出しそうな顔をした自分の体たらくが、磨かれた鏡の如き水面に映り込んで居り、足が止まった。
ふがいない。けど、止める術も知れない。
否、知りすぎる程知っている。
唯もう二度と叶わぬだけ。
逢いたいのだ。
もう一度逢って、あのいとしい声を聞かせて欲しいのだ。
たった一言で良いから、お前の言葉が…久坂。
この道は確かにあの昔日語り合った夢へと続いているのだと、僕に信じさせてくれないか。
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