短編【1】
□今宵の月のように
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「どうした、イルカ」
怪訝そうに問いかけられたイルカは、張り巡らせていた気を解いた。
「なんか気になることでもあるのか」
「いや」
警戒心をあらわにして周囲を見回す同僚を安心させるように、にかりと笑って見せる。
「月が降ってきそうだなと思ってさ」
「ああ、ほんとだ。なんか今日の月は威圧感があるな」
夜空には、満月ではないが限りなくそれに近い月が煌々と輝いていた。
冴えた光はどこか冷たく、ほろ酔いのイルカを責めるように照らしつける。
「なんか飲み足りねえなー。花街でも行かねえか?」
「いや、オレはやめとく」
やんわりと手を振って、もう一度空を見上げた。
月の女神は純潔を司るっていうからな。
昔読んだ異国の神話を思い出し、イルカは忍び笑った。
まだ夏も盛りの頃、思いもよらない告白を受けた。
同性で階級違いで、なにより自分とは相容れないと思っていた相手だったのでたいそう驚いた。
向こうも満を持して想いを告げてきたわけではなく、いわば事故のようなものだ。
それ以来、顔を合わせていない。受付でもそれ以外の場所でも。明らかに避けられている。
その空白期間はイルカに様々なことを考えさせた。
たとえば、あの人はオレなんかのどこが気に入ったのかとか。
男同士でつき合うなんて、現実に可能なのかとか。
はたけカカシはあのとき、頼めば抱かせてくれるのかと言っていた。
つまり、つき合うならばそういうこと込みで、ということだ。
自分が同性にそういう気を起こさせるなどと考えたこともなかった。
逆ならばともかく。
そうだ、あの人は綺麗だ。
歴然と男ではあるけれど、美しい人だ。
降り注ぐ月の光が、イルカにカカシの銀髪を思い起こさせる。
あの月が欲しいと手を伸ばせば届きそうなほどに、それは大きく輝いていた。