短編【1】

□射干玉(ぬばたま)の
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夕食の後「いつも作ってもらってるんだから、後片づけはオレがしますよ」と、沸かしてあった風呂をイルカ先生に勧める。
イルカ先生は恐縮していたが、強く勧めると風呂好きの本性を現し、「じゃ、お言葉に甘えて」と足取りも軽く浴室に消えた。

オレは影分身を出して倍速で片付けを終え、ひとりに戻ってそっと脱衣場に忍び込む。
そして袖とズボンの裾を上の方までまくり上げると、からりと引き戸を開けた。
こっちを見たイルカ先生はぎょっとして、それから茹で上がったように赤くなった。

「なっなんですかっまだ上がりませんよ!?」
「まだ洗ってませんね」
「何をです?」
「髪」
「はあ」
「洗ってあげますよ、オレが」
「…けっこうです」
「べつにやらしー気持ちで言ってるんじゃないのよ?ただ洗わせて欲しいだけ。これで」

イルカ先生はオレが指さしたシャンプーのボトルへちらりと目を走らせ、難しい顔でちょうど鼻の傷の所まで湯に沈んだ。
しばらく考え込んでからぬうっと浮上し、いかにも嫌々な感じで「わかりましたよ」と言った。


タオルを腰に巻いて風呂椅子に座ったイルカ先生の首を大きくのけ反らせ、シャワーで髪をたっぷりと濡らす。
シャンプーを手に取り、手の中で泡立ててから髪に塗りつける。
このシリーズは忍御用達で、乾いてしまえばほぼ消えるけれど、それまではかすかに甘い香りがするものだ。
オレはご機嫌で鼻歌なんか歌いながら、イルカ先生の髪を洗っていく。
その間、イルカ先生はナニカを我慢するかのようにじっと目を閉じていた。

リンスを流し終えたとき、イルカ先生の髪はまさに烏の濡羽色、というやつだった。
「…終わりました?」
「うん、ついでに背中流すよ」
「いいです。出てってください」

相当機嫌が悪い。こんな顔見たのは、中忍試験のアレ以来だ。

これはへたにいじらないほうがいい。
そう判断したオレは、「…じゃ、待ってるね」と居間に戻った。
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