短編【1】

□悪魔の水
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「醒めるのが早い酒っつったら、なんだろうね」
酒のことなら紅に聞くに限る。男どもが束になっても敵わない酒豪だ。

その紅は、質問の唐突さ以上に、オレがそんなことを言い出したことに驚いているだろう。
「…二日酔いになりにくい、って意味なら、蒸留酒がいいって言うわね。ウィスキーとか、焼酎とかよ」
「こう、ぱーっと酔ってすーっと醒める、サイクルの早い奴がいいんだけど」
紅は値踏みするような目でオレをじっと見た。
「なら、ビールとかじゃないの。しっとりしたムードには遠くなるけど」
ふむ。たしかに。
「女の子は甘いカクテルとか好きよ。甘さにまぎれて度数が強くても気づきにくいし」
「カクテルねえ」
違うな。だいいち、甘いとオレが飲めない。
そんなことを考えていたら、紅がふっと笑った。
「アンタも普通の男だったのねえ、カカシ」
見当違いのようでいて、下心の方だけ見抜かれてしまった。
弁解するわけにもいかないので放っておく。

それはさておき、やっぱり難しいか。
酒の勢いだけ借りて、でもきちんとしたおつきあいに持ち込むのは。

そもそも、オレは酒というものを好んで飲まない。
信用できない、と言った方が正しい。
忍にとっては致命傷になりかねない液体だ。
有名無実化しているとはいえ、忍の三禁のひとつなんだし。
みんなはよく平気で飲むよなあ、なんて他人事として眺めていた。

でも、ようやくわかった。
必要なんだ。心の枷を外すのに。

こんなときだけ力を貸してもらおうなんて虫が良すぎるのもわかっている。
これからは認識を改めます。
だから、オレにも勇気をください。


いろいろ考えた結果、紅に教わった居酒屋にイルカ先生を誘った。
料理が旨いと評判で、各地の地酒も揃っていて選ぶ楽しみもありそうだったからだ。
イルカ先生は、「行ってみたかったんです、そこ」と嬉しそうに応じてくれた。

オレは最初に飲んだ麦焼酎が気に入り、そればかり頼んでいたが、イルカ先生は頼む度に銘柄を替えていた。
けっこうハイピッチで飲む人なんだなあ。
それでもこの間つぶれかけていたときとは違い、よく喋りよく食っていた。
健康的な酒だ。

ふたりしていい感じにふわふわして店を出た。
オレはおごるつもりだったのだが、イルカ先生が頑として聞いてくれなくて、割り勘より若干少なめの額をもらった。
それでも、自分の方がたくさん飲んで食ったのに、と不満そうだったので、差額分としてお願いをしてみる。

「アカデミーの教室に入ってみたいです」
「今からですか?」
「はい」

イルカ先生はちょっと考えて、わかりました、と言ってくれた。
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