続きもの置き場

□ナルシス・ノワール
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「あの人、オレの顔が目当てだったみたいなんだよね」

沈痛な面持ちでそう言われ、ヤマトはグラスを取り上げビールをごくりとひと口飲んだ。
ツッコミどころが多過ぎる。
順を追って疑問点を解決していかないと、二度手間三度手間になるのは火を見るよりも明らかだ。

しばし考えてから、まず確かめておくべきことを尋ねる。
「あの人、というのはイルカ先生のことですよね?」
その問いを受け、はたけカカシは呆れたように答えた。
「他に誰がいるっていうのよ」

任務から帰るなり拉致するように酒場へ連行したうえ、なんの前置きもなしに切り出しておいてそれはないだろう。
文句も言わずに聞く姿勢を示しただけでも感謝して欲しいくらいだ。
と、言いたい気持ちをぐっとこらえてヤマトは話を進める。
「で…顔になにかされたんですか」
「逆だよ、逆。なんにもされないの」

私の体が目当てだったのね、などと女性が憤るケースなら世の中に溢れている。
愛がなくとも肉体関係を結ぶことは容易だからだ。
だが、なにもしないという理由で苦情を申し立てられるのは稀だろう。

まして今問題になっているのは同性同士の話だ。
なにもないのが当たり前なのだ。普通なら。

「でも、先輩はイルカ先生になにかされたいわけですよね。見てるだけじゃなくて」
わざと冷ややかに言ってやるが、聞くなりカカシの白い頬が朱に染まる。
なにを思い浮かべたのか追求するのはコワイのでやめておいた。


 聞いてよ、ヤマト!
 イルカ先生ね、見とれるほどオレの顔が好きなんだって。
 オレになりたくないっていうのも、だからなんだって。

ふた月ほど前、しまりのない顔でカカシがそうはしゃいでいた日から、こんなことになるような気はしていたのだ。
男性美というものは確固として存在するし、カカシの容姿が人並み以上なのも間違いない。
うみのイルカがカカシに見惚れたからといってなんの不思議もないだろう。
不思議ではないからこそ、それを恋愛感情だと断ずるのは早計な気がする。
イルカが美しい景色や花を愛でるような心持ちでカカシを眺めていたとしても、誰が彼を責められようか。

だいたい、暗部時代だって男女問わずカカシに憧れる者は多くいた。
その憧憬をクールに受け流し、特に容姿への賛美には眉ひとつ動かさなかったくせに、あの先生に誉められるとあれだけやにさがるんだからなあ。
対応の差を考えると浮かばれないな、とヤマトは他人事ながらやるせなくなる。

結局、惚れた方の負けなのだ。
「不公平だなあ」
「え、なに?」
思わず漏らしたひとりごとを耳ざとく聞きつけ食い下がってくる、その必死ささえも鬱陶しい。
「ですからね。世の中って平等じゃないんですよ」
うんざり感を隠さずそう吐き捨てると、隣でカカシの動きがぴたりと止まった。

あれ。
さすがにまずかったな。

常識人のヤマトは自分の非礼を省みて、すぐにフォローの言葉を探す。
だが、その必要はないことはほどなく知れた。
「そっか。そうだよね」
「な…なにがですか」
虚空を見つめながらひとりうなずく姿に恐怖すら覚えていると、カカシはきらきらと輝く瞳でヤマトの方に向き直る。
「イルカ先生、中忍だもんね。年もオレより下だし」

「は?」
なにを言いたいのか本気でわからなかった。
むしろわかりたくないという本能のなせるわざかもしれない。
だがその願いも虚しく、ついに決定的なひとことがカカシの口から発された。

「年上で上忍のオレが、リードしてあげるべきだよね」

決然たる口調に、ヤマトの全身の血が音を立てて引いた。
それはまずい。
もしイルカにその気がなかったら、紛う方なきセクハラになってしまう。

「気がつかなかったよ。バカだなオレ」
「いや、先輩」
行き違いを正すべくヤマトは慌てて口を挟もうとした。
けれど。
「でもいきなり抱きしめたりしたらびっくりするかなあ。やっぱりムードは大事だよね」
さっそく計画を練り始めたカカシがあまりにも幸せそうで、今ここで現実に引き戻すのは非情に過ぎる気がする。
さりとて木ノ葉の生きる伝説・はたけカカシをみすみす性犯罪者にさせるわけにはいかない。

ならば自分が動くしか。
ヤマトは隣の男に倣い、ひそかにそう決意した。
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