続きもの置き場

□ナルシス・ブラン
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「イルカ先生の言うことは、至極真っ当に聞こえますが」
薄暗いバーのカウンターで、グラスの氷をからん、と回しながらヤマトは言った。
「そりゃ内容的には間違ってないよ。けど、なんていうか、さあ」
口をとがらせながらカカシが抗議すると、隣の後輩はやれやれといった様子で嘆息する。

あ、コイツ、面倒なことに巻き込まれたと思ってるな。生意気。

「聞いてんの、テンゾウ」
わざと暗部時代の名を口にすると、今度は露骨に嫌な顔をされた。
「その名前で呼ばないでください」
「ホラ、ね。名前ひとつとっても、大事なアイデンティティじゃない。なのにオレ、存在そのものを否定されたのよ?」
一転して哀れっぽく訴えたのが効を奏してか、ヤマトも少しは真面目に答える気になったようだった。
「それなんですけどね」
琥珀色の液体で軽く湿してから、慎重に口を開く。
「ボクには逆に、先輩の立場を尊重しての発言に思えるんですけど」

他人に成り代わりたいなどと軽々しく述べる同僚を諌めただけではないか。
それがヤマトの受けた印象だという。
実際イルカの言葉がなければカカシ自身も、発言者に対し簡単に言ってくれるなと思ったかもしれない。

「でもさ、ちょっとでも憧れの気持ちがあったらあんな言い方しないと思うんだよね」
「憧れねえ…」
引っかかった単語を復唱しながら、ヤマトはなんともいえない顔をした。
「いつも思うんですけど、先輩けっこう自信家ですよね」
「自信じゃないよ。事実でしょ」

子どものころから天才と呼ばれてきた。
5歳でアカデミーを卒業し、6歳で中忍に昇格。
それから数年でさらに上忍になった。
戦力としての里への貢献度は、こなしたA級・S級の任務量で明らかだ。

今では背丈も伸び、忍としても長身の部類に入る。
暗部を辞して獣面を着けなくなってからは、マスク越しにも美男子と娘たちに騒がれる。
そんな自分が凡庸だとすれば、大抵の者は並み以下ということになるではないか。
謙遜も過ぎれば嫌味というものだ。
だからカカシは、鼻にかけない程度に自分を評価することにしている。

しているのだが。
「そういうところを、イルカ先生に苦々しく思われてる可能性はありますよね」
ずばりと言われ、そうなんだよねえと深くため息をついた。

謹厳実直、精励恪勤、兼愛無私。
やたらと画数の多い四字熟語が似合うあのアカデミー教師は、およそ自分とは対照的な人物だろう。
それが故に対立したこともあったが、和解後は問題なくやってきた。
それどころかむしろ、上忍中忍の垣根を越えて親しくしてきたつもりだ。

けれど、彼にとってはそうでなかったのだとしたら。
笑顔の裏でこの自惚れ屋めとむかっ腹を立てていたのだとしたら。

「なんかさー。なにを信じたらいいのかわかんなくなるよね」
「…ほんとに自信じゃなかったんですね」
いじけたようにドライマティーニのオリーブをつついているカカシを、ヤマトは意外な思いで見つめる。
自信というのは文字通り自らを信じるということだ。
他者の、それもたったひとりの評価で揺らぐようでは、それはもともと危うい地盤の上に建つものだったのだろう。

目の前でうなだれる男がにわかに不憫になり、先ほどまでとはうって変わってカカシの気分を盛り上げそうな話題を積極的に探す。
「でもほら。その時も、イルカ先生以外の人たちは先輩を羨んでいたわけでしょう?」
「まあね。けどあの人ほどはオレのこと知らないだろうし」
あの自信家の面影はどこへやら、すっかりネガティブ思考に陥っているらしい。
「だいたいこの場合、先輩が気にするべきはイルカ先生よりその事務の女性のことじゃないんですか」
「んー、そうね。かわいい子らしいしね」
後輩の心遣いを感じ取ってか、今度はカカシも自らを鼓舞するように乗ってきた。
「おっ、その調子。やっぱり先輩は鬱陶しいくらい自信に溢れてるほうがらしいですよ」
「…誉めるかけなすか、どっちかにしてくれない?」

太鼓持ちのごとく必死に場を盛り上げるヤマトに内心感謝しながら、カカシは明日その子の顔を拝みに行ってみようかな、などと考えていた。
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