続きもの置き場

□ナルシス・ブラン
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「そういやさ、新しく事務に入った子かわいいよな」
「あっ、あの子な。栗色の髪の」

気だるい午後の上忍待機所。
窓際の長椅子で冬の柔らかな日差しを浴びてうとうとしていたはたけカカシの耳に、そんなのどかな会話が聞こえてきた。
忍の隠れ里で事務職といえば、アカデミーか受付か。
考えるともなしに思い浮かべたそのキーワードが、カカシにある人物を連想させる。
「イルカはもう見たか?」
その名が実際に聞こえて、一気にカカシは覚醒した。
どうやら窓の下、おしゃべりに興じながら通りがかった一団に、うみのイルカも含まれているらしい。
彼の返答が気になって、カカシはなぜか少し緊張しながら耳をそばだてた。

「見たか、じゃなくて会ったか、だろ」
苦笑交じりに訂正するのはまぎれもなく彼の声だった。
「少し話したけど、感じのいい子だったな」
冷静かつ好意的なその評価に、一同のテンションが跳ね上がる。
「そうそう、嫁さんにしたいタイプ!」
「エプロン姿でお帰りなさい、とか言われてえー!」

ふうん。そういうものか。
カカシは彼らに倣ってその場面を想像しようとしたが失敗に終わった。
なにせ件の事務員を知らないのだからできるはずもない。
つまらなくなって先ほどまでの心地よい午睡に戻ろうとしたその時。
「そんな君たちに残念なお知らせです」
ふふん、と鼻を鳴らしたイルカが続いて口にした言葉が、カカシの意識を再びぐいと引き寄せた。
「あの子、カカシさんのファンなんだってさ」

「なんだよー、またはたけ上忍かあ」
男達の落胆は如実に声に現れる。
「そ。彼女がオレに話しかけてきたのも、カカシさんのことを知りたいからだったわけ」
さらりととどめを刺され、同僚らしき男のひとりがため息をつきながらぼやく。
「いいよなあ。オレもはたけカカシに生まれたかったぜ」

その願いについてカカシ自身が感想を抱く暇はなかった。
間髪を容れずイルカの声が耳に届いたからだ。
「そうか? オレはなりたくないけどな」

妙にきっぱりとした否定の響きが、それまでの浮き立った空気を一気に凍らせる。
カカシも、全身に冷水を浴びせかけられた気分だった。

え?
もしかして今オレ、全否定された?

そんなカカシの胸中を代弁するかのように、ひとりが遠慮がちに反駁した。
「そ、そりゃおまえははたけ上忍と親しいから、オレたちが知らないようなこともあるかもしれないけどさ」
「あ…いや、そういう意味じゃなくて」
水を差したことに気づいたのか、イルカが慌てて弁解を始める。
「人を羨んでてもしょうがないだろ、自分は自分のままでがんばるしかないっていうか」
「まあなー。はたけ上忍にははたけ上忍の悩みもあるだろうしな」

なんとなくお茶を濁しながら遠ざかる声を追う気力は、もはやカカシに残されていなかった。
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