続きもの置き場

□明日の私
1ページ/8ページ

「あら? ヒナタじゃない」
呼びかけてきた声の主は、探さずともすぐ見つかった。
行き交う人々の中、ひときわ目を引く桜色の髪。
理知的な若草色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめ微笑んでいる。
「あ…サクラさん」
思わず逃げたくなるのをどうにかこらえ、日向ヒナタはなけなしの勇気を振り絞って笑い返した。
「なんか久しぶりねえ」
「そう、ね」
気をつけていないと敬語を使ってしまいそうになる。
ただでさえ引っ込み思案のヒナタではあるが、春野サクラはとりわけ苦手意識の強い相手だった。

嫌いなわけではない。
むしろ憧れに近い気持ちすらある。
その名の通り春の化身のような姿と、怜悧な頭脳を持つ少女。
だが何よりもまぶしく見えるのは、彼女が自らのコンプレックスを克服したことだ。
かつては自分と同じように引っ込み思案で、物陰で泣いている姿をよく見かけた。
声こそかける勇気はなかったが、仲間意識を感じたものだった。

なのに、ある日突然サクラは大変身を遂げたのだ。
重たい前髪を分け秀でた額を露わにして。
うつむきがちだった顔を上げ胸を張って。
もともと利発な彼女は弁も立ち、たちまちクラスの中心人物となった。

置いていかれたように感じるのなら、自分も前に進めばいい。
きっかけだって、なければ自ら作るものだ。
わかってはいてもヒナタが一歩を踏み出せずにいるうちに、自分たちはアカデミーを卒業し、春野サクラは第七班に配属された。
うちはサスケと――それから、うずまきナルトとともに。


「…ナタ? ねえ大丈夫?」
はっと気づくとサクラが心配そうにのぞき込んでいた。
「あ…ごめんなさい。ちょっとぼんやりしちゃって…」
「具合でも悪い? また日を改めた方がいいかしら」
気遣わしげなサクラの問いかけに、聞いていなかったとも言えずヒナタが立ち往生しているところへ思いがけない救いの手が差し伸べられた。

「あーら、珍しい組み合わせねえ」
ふたりの間に颯爽と割って入った影を見て、ヒナタもサクラも思わずぎょっと目をみはった。
「いの…アンタなんて格好してんのよ…」
「うふふ〜ん、セクシーでしょ〜?」
くびれた腰まわりには布がなく、形のいいへそのあたりまで露わになっている。
もしもヒナタが着ろと言われたら、恥ずかしくて死んでしまいそうな大胆な服だ。
「中忍に昇格したことだし、暑かったから新コスチューム作っちゃった」
くるりとターンする体を追いかけ、淡い金色の髪がさらりと弧を描く。
一回転してポーズを決めた山中いのに、サクラは冷ややかに言い放った。
「セクシーというよりは下品よねえ、そこまでいくと」
「なんですってえ!? 自分がスタイルに自信ないからってひがまないでよね!」

ああ、始まっちゃった。
目立つ容姿の少女ふたりによる押し問答は注目の的で、道行く人がちらちらと気にしているのが恥ずかしい。
身の置きどころもなくおろおろするヒナタに気づき、ふたりはぴたりと諍いをやめた。
「あ、ごめんね置いてきぼりで」
スイッチが切り替わったかのようににこやかなサクラに、いのもあっさりと追随した。
「そうだ、そもそもアンタたちここでなにしてたのよ?」
「あ…ええと、その…」
口ごもるヒナタに代わってサクラが答える。
「ばったり会っただけよ。で、せっかくだからお茶でもしようかって」
ぼんやりしている間にそんな誘いを受けていたことを、ヒナタはいま初めて知った。
それについての返答もまとまらないうちに、いのがぱちんと手を打って声を弾ませる。
「あらあ、いいじゃない。ちょうど私、かき氷が食べたいなあって思ってたのよ」

かくしてヒナタの意志に関係なく、三人は甘栗甘へと向かうことになったのだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ