続きもの置き場

□星逢いの夜
1ページ/4ページ

「おーい、イルカ」
遠くで呼ばれた名にはたけカカシが思わず振り返ると、呼びかけられた人物が目に入る。
廊下を小走りに近づく同僚らしき男を待ちながら、うみのイルカは笑顔を浮かべていた。

彼の笑った顔が好きだ。そう思っていた。
鼻を横切る一文字傷がゆがむほど、大きく口を開け目尻がきゅっと下がる、あの顔。
からりと晴れ渡った空のようなあの笑顔が。

けれど、子どもの姿に変化して共に過ごすようになってはっきりとわかった。
明るい彼の性質そのものだと思っていた笑顔は、実際には複雑な陰影に彩られている。
幼いイルカのあどけない笑顔を知った今では、嬉しい、楽しいばかりではない大人の分別が読みとれた。

子ども同士として接している間にも、時折その「大人の彼」が顔をのぞかせることがあった。
それを目にした瞬間、カカシ自身も素に返ってしまうのだ。
いま目の前にいるこの少年がその後どういう人生を送ったかを、オレはある程度知っている。
姿かたちを変えようと、やはり自分たちはもう無邪気な子どもではない。


彼のベッドで共に眠って、夜中にひとりふと眼をさます。
眠っていると人は幼く見えるというけれど、隣のイルカのそれは正真正銘の幼な顔だ。
健やかな寝息をたてる彼を眺めながら、カカシは思い描いてみる。
この姿ではなく、現在のイルカの寝顔はどんなだろう。
鼻梁や顎はしっかりと張り出し、でも目元はきっとあまり変わらない。
パジャマは着ない主義らしいから、寝間着は今もTシャツに短パンだろう。
髪の長さは同じくらいで、でも今はもっとコシがあって濃い黒で…

加速する想像に胸苦しくなって、夜明け前にベッドを抜け出すことが増えた。
そのまま慰霊碑に向かう気にもなれず、自宅に戻って寝直してみても、夢にまで彼が現れる。
夢の中のイルカは、いつも決まって大人の方だった。


「せんせー、さよーならー」
甲高い声ではっと我に返ると、イルカと先ほどの同僚の男が下校する子どもたちに手を振っていた。
「おー、さようならー」
「気をつけて帰れよー」
慈愛をたたえた視線を子どもたちに向けるイルカ。
それを目にしたカカシの足は、我知らずそちらへと歩みだしていた。

「イルカ先生」
声をかけると隣の男はハッと息をのんだが、イルカはすぐに感じのいい笑顔を浮かべる。
「カカシさん。お久しぶりです」
確かに、少々久しぶりだ。
仲がぎこちなくなり始めたのに加え、カカシが長めの任務に出ていたせいもある。
「はい、ただいま帰りました…先生、この後のご予定は?」
威圧感を与えないように気をつけながらも単刀直入に尋ねると、イルカは軽く肩をすくめすまなそうに答えた。
「アカデミーの方はもう終わりなんですが、受付があるんです」
「じゃあそっち上がったらうちに来てよ。オレも仮眠とってからメシ食いたいし」
日頃は相手の都合を優先するカカシの、珍しく強引な申し出にイルカは一瞬怯んだが、すぐにまた感じよく笑って言った。
「はい。少し遅くなると思いますが」
「待ってるから」
そう言い残し踵を返したカカシが遠ざかるのを待ちきれないように、イルカの同僚が小声で囁く。
「なにイルカ、おまえはたけ上忍とそんなに仲いいの?」
「うん…まあな」
歯切れの悪いイルカの答えを背中で聞きながら、カカシはある決意を固めていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ