続きもの置き場

□あした天気になれ
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ん…ん?」
はたけカカシが目を開けると、暗がりの中ベッドランプの赤みがかった光に照らされた顔が見えた。
「あ、すみません、起こしちゃいましたか」
すまなそうに言う男は、カカシが着ていたベストを今しも脱がせようとしているところだった。
「イ…イルカ先生アンタ、オレの家でなにを…」
「なにって。洗濯ですが」

「…ああ」
そうだった。
今、木ノ葉の里は皆大車輪で働いている。
カカシを始めとした上忍達は任務任務で里に居着く暇もない。
そしてイルカのような内勤の者たちも、木ノ葉崩し後の内外への対応で大わらわだった。

そんな折り、ほんとうに珍しくイルカと食堂で行き合わせたときのこと。
「このところ天気が悪いんで、洗濯物が溜まっちまって困ってるんですよ」
「あー。木ノ葉でも降ってましたか」
「朝出がけに干して降られて、帰ってきてまた洗い直しの繰り返しです。
かといって部屋干しだと、なんか臭いが気になって。コインランドリーは混んでるし…」
イルカはげんなりした様子でため息をつく。
「あ、じゃあうちの洗濯機使えば?乾燥ついてるし」
「えっ、いいんですか!?」

カカシ宅の洗濯乾燥機は大容量の高級機だった。
任務の合間の束の間の休みには確かに役立つが、留守の間は遊ばせているわけだ。
「だから使ってもらってかまわないですよ」
「でも、留守宅にお邪魔するのは…」
「たいしたものは置いてないですから。見られて困るようなものもないですよ、男同士だし」

それでもしり込みしていたイルカも、洗濯機の現物を見て目を輝かせた。
「うわー。いいなあ、これ二万両近くするやつですよねえ…温風アイロンもついてて…」
洗濯機のガワをうっとりとさする彼は、どうやら家電マニアであるらしい。
なにも考えず店員に勧められるまま購入したカカシも、そこまで羨まれて悪い気はしなかった。
「や、まあそういうことで、遠慮なく使ってやってくださいよ」
機嫌よく言いながら合鍵を渡してやると、それをぐっと握りしめたイルカは、きりりとまなじりを決して言ったものだ。
「ありがとうございます。代わりといってはなんですが、留守中の掃除や鉢植えの世話はお任せください。
洗濯物も、置いといてくださればやっておきますので」

こうしてイルカは私的ランドリーを確保し、カカシは急な任務にも心置きなく出られることとなったのだ。

「──お帰りだとは知らなかったので入ってきたら、ベストも額当ても着けたままだったんで。これでは体も安まらなかろうと」
Sランクを立て続けにこなしてようやく休みを得、帰ってくるなりベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまったらしい。
受付を通さない任務だったので、イルカもカカシの帰りを知らなかったのだろう。

「あ〜…お気遣いなく…」
疲れていたとはいえ他人の気配に気づけなかった気恥ずかしさもあり、額当てを取られベストを剥がされたカカシは再びごろりと横になる。
「いやでも、ベッドが汚れますよ。ついでにアンダー洗いますから脱いでくださいって」
「う〜〜〜〜」
駄々っ子のように身をよじるカカシから上衣をすぽんと脱がせたイルカは、思わず声をあげた。
「うわ。カカシさん白いですねえ」

その瞬間、カカシは跳ね起きた。彼にとってそれは長年のコンプレックスだったのだ。
暗部時代は露出の多い衣装に男所帯だったこともあり、ずいぶんと嫌な目にも遭ったものだ。
それが混じり気のない率直な感想だとしても、言われたくはなかった。
ましてこの人には。

黒い髪に褐色寄りの肌、男らしい面差し。
感情豊かでおおらかで、子どもが好きで子どもに好かれて。
自分とはことごとく対照的で、人生を謳歌しているように見えるイルカが、カカシには眩しかった。
あんな風に生まれていたら、と思う数少ない相手だった。

そのイルカに痛い部分を突かれてカカシは逆上した。
ほんの半日前まで血刃を振るっていた熱も残っていたかもしれない。
気づいたときにはベッドに彼を組み敷いていた。

(…しまった)
すぐにでも手を離して笑えば、冗談にしてしまえるだろうか。
それとも他になにかもっと上策は。
上忍らしからぬ狼狽ぶりで固まっていると、目を丸くして自分を見上げていたイルカの眉が意を決したようにきゅっと寄る。
身を起こした彼に穏やかながらも払いのけられて、カカシはベッドにしりもちをついた。

そのカカシに目もくれず、イルカは足だけを床に下ろしベッドに腰掛けた形になると、着ていたパーカーをやおら脱ぎ捨てた。
(あ、傷…)
背中の中央にあるあれが、ナルトを庇ってついたという傷だろうか。
薄明かりの中でもはっきりと視認できる傷痕に目を奪われていると、イルカは結い上げた髪を解き、
さらには腰を浮かせてジーンズのベルトを緩め始めた。
「え、ちょ、イルカ先生っ!?」
あわててその腕に手をかけて止めると、イルカは挑戦的にカカシを見返す。
だがカカシの狼狽が本物だと悟ったのか、ひとことああ、と呟き、髪をかき上げ仏頂面で目をそらした。
気まずい沈黙が部屋に満ちる。
やがてのろのろと衣服を身に着けたイルカは、カカシに背を向けたままで言った。
「…カップラーメンとか缶詰めとか買ってきてあるんで。腹減ってたらどうぞ」

そして自分の洗濯物とともに部屋を出て行った。
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