続きもの置き場

□スプリング・フィーバー
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【3】

一楽での邂逅のあとも、カカシはイルカの情報を集め続けた。今度は、彼自身のことをもっとよく知るために。
情報の提供者にも、正直にイルカのことを教えてくれと言った。
もっとも、その都度相手が勝手にナルトやサスケ絡みと早合点してくれるのであまり影響はなかったのだが。

ともあれ、以前より少し踏み込んだ情報を知ることができるようになった。
例えば、彼の交友関係。
アカデミーと受付という、木ノ葉の公の部分に携わる彼はかなり顔が広い。だが親しい友人は圧倒的に男が多かった。
どうやら女性は苦手らしい。
その事実はカカシに安堵をもたらすとともに、イルカと自分の宿命的な結びつきへの自信を深めさせるのだった。

時間がある時はアカデミーをこっそり覗きに行く。
初めは耳障りに感じた子どもたちの声にも慣れ、休日などは静寂が物足りなく感じるほどだ。

アカデミーでのイルカは、ナルトを意識するまいと心がけているように見えた。子どもたちを平等に扱う、というのは教師ならば当然の姿勢だろう。
しかし、ナルトの方は先日の一楽でのことが忘れ難かったに違いない。あの距離感でイルカに近づいては肩すかしを食っていた。
その様子を目にする度にカカシの胸はかすかに痛む。あの子はイルカの抱える苦悩を知らないのだ。
だが、できればこのまま知らないでいさせてやりたいと思うのには、自分の優位性を保ちたいというエゴもあることは否めない。

オレって、意外とヤキモチ焼きなのね。
己の知らなかった一面を発見し、カカシは苦笑した。
自分も温かい血の流れる人間である、という当たり前のことを今更ながら思い知らされ、それが嬉しくもおそろしくもあった。


気がつけば季節は初夏から盛夏へ、そしてまもなく秋へと移り変わる。日々過ごしやすくなるにつれ、カカシの期待は高まっていく。
例年とは違う意味で、寒い季節が待ち遠しい。
また吐く息が白くなれば。今は子どもたちにかまけている彼が、人恋しさに身を震わせる季節が来れば。

来るべきその日のことを、カカシは幾度となくシミュレートしてきた。彼とどう出会うべきか、そのタイミングや第一声を。
それさえ上手く行けばイルカは必ず自分を必要とするようになる。そうなったら、うんと甘やかしてあげよう。
いつも凛と背筋を伸ばしたあの男が、目を閉じて自分に身を預ける夢想に、カカシはうっとりと浸った。


その日もカカシは、火影に任務の報告を直接終えた後でアカデミーへと足を運んだ。
校舎内に姿の見あたらなかったイルカは、裏庭で見つかった。
夕日に照らされ長い影を従えた彼は、腰に手を当ててじっと壁を見つめている。
その壁と窓ガラスには、泥がびっしりとこびりついていた。
おそらくナルトのしわざだろう。
ゆるい泥団子を力任せに投げつけたと思しきその痕は、芸術家が思いの丈を叩きつけたキャンバスのようだ。
落としてしまうのが惜しいとも思えるほどだが、そのままにしておくわけにもいくまい。
何より残したナルトの苛立ちがそのまま伝わってくるそれは、イルカにとっては針のむしろも同然だろう。
それを裏付けるごとく苦しげに歪む彼の横顔を見た瞬間、カカシの脳裏にはっと閃くものがあった。
今こそ。
今この瞬間こそが、待ち望んでいた機会ではないのか。
偶然を装って通りかかり、壁一面の泥に驚いたふりをして彼に話しかけることができるだろう。
事情を聞いて、泥を落とす手伝いを申し出て、それから――

想像の中で次の言葉を紡ごうとしたそのとき。
「アナタのせいじゃありませんよ」
まさに自分が言おうとしたせりふが聞こえて、カカシははっと我に返った。
イルカが顔を向けた方へとつられて目をやると、男がひとり、散水用のホースを引きずりながら歩いてくる。
「ミズキ先生…」
「手伝います。ひとりじゃ日が暮れてしまいますからね」
ミズキと呼ばれた青年が微笑みかけると、イルカは泣き笑いのような顔でありがとうございます、と答えた。

ホースで水をたっぷりとかけると、こびりついていた泥はたちまち形を失い流れ落ちる。
ミズキがそれをデッキブラシでこそげ落とし、そのあとをさらにイルカが雑巾で拭き清めていく。
作業をしながら、ミズキはイルカになにくれとなく気を遣った。
イルカの立場に理解を示し、さりとてナルトを責めるでもなく。
憎らしいほど綺麗な笑顔で、ときに冗談を交えながら励ますようにイルカに話しかけ続けていた。
初めは沈みがちだったイルカも、やがて少しずつ表情を和らげていく。
それを見ているのに耐えきれず、カカシはそっとその場を後にした。
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