続きもの置き場

□スプリング・フィーバー
1ページ/10ページ

【1】

身を切るような寒さの中、カカシはひとり街角で佇んでいた。

夏から秋に移り変わる頃に生まれた彼は、暖かい季節より寒い方を好む。
生温い空気に浸っていると、自分の身まで溶け崩れていく気がするのだ。
冬になると春夏の分まで取り返すかのように冷気に身を晒す。
いつもの猫背がますます丸まりそうなところを耐えて胸を張っていれば、罪深い自分を誰かが裁いてくれるような気がした。

年の瀬のせいかその日の街は喧噪に満ちていた。
敢えてその中でひとりきりというのも孤独感がいや増して悪くない。
いつもの慰霊碑前ではなくそこに立っていたのは、その程度の気持ちだった。

人通りがほぼなくなる頃までそうしていたら、さすがにサンダルから露出したつま先の感覚も鈍くなってきた。
いい加減帰るか、と思った矢先、すぐそばの居酒屋からどやどやと数人の男女が出てきたのでやりすごすことにして待つ。
ほろ酔い加減の彼らは忍服を着ているが、カカシには馴染みのない顔ばかりだった。
ということは里に詰めている事務方の者たちだろう。
お疲れさん、とか来年もよろしくな、と口々に言っているところをみると忘年会だったらしい。
あの人たちにも忘れたいこととかあるのかねえ。
とてもそうは見えないが、と少々皮肉な視線を送っていると、彼らは店の前でそのまま散会するようだった。
ひとり以外はまとまって向こうの方角へ移動していく。
残った男は高く結った髷を揺らしながら手を振り、仲間たちが振り返らなくなってもじっとその背中を見送っていた。

カカシと、その男と。
ふたりだけが師走の路上にぽつんと取り残された。
やがて、ごく小さな声で彼が呟く。

「…さみー」

ああ。確かに寒そうだ。
そんなことを思いながらカカシは寒風に吹き晒される彼のうなじをぼんやりと眺めていた。

不意に男がすん、と鼻をすすり上げた。
だがそれで鼻腔に冷気が送られたのか、背を大きくそらしたあと今度はいきなり「く」の字に折り曲げる。
くしゃん!
反動で体が浮き上がるほどの豪快な一発にカカシが思わず見惚れていると、彼は口元を押さえながら慌てたように辺りを見回した。

あ、やばい、と思う間もなくまともに目が合ってしまう。
その瞬間、男は目を限界まで見開き――それから、照れ隠しのようにえへへと笑った。

赤らんだ鼻に白く浮き上がる、一文字の傷。
それを縦に振って軽く会釈をすると、男は髷を揺らしながらカカシの前を通り過ぎ、そそくさと立ち去っていく。
その背を見送ったカカシの身に、今までさほど感じなかった寒さが迫ってきた。
「…寒いねえ」
男の真似をして小さく呟いてみると、目の前を息が白く流れて消えていった。


その冬の間、白い息を吐く度にカカシはその男のことを思い出した。
彼は今頃どこかでひとり、寒いと呟いているのだろうか。
それを思うとカカシもまた、これまでになく寒さを感じるのだった。

春の訪れも初めて意識した。
吐く息が色を失い、朝起きて顔を洗う水が温み、冬が終わったことを知る。
だがそれでも、男のことが頭を去らなかった。
彼には今なお寒いままでいて欲しいと思うのはなぜだろう。

きっと自分は仲間が欲しいのだ。
どこかで寒さに耐えている彼を、同志だと思いたいのだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ