短編【1】

□失楽園
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深夜ではないとはいえ、人を訪ねるには少々憚られる時間。
まして家主とは面識がある、という程度の間柄だ。
自分が何ものか感知できる程度の気配を発しながら、ヤマトはそっとドアを叩く。
「はい」
うみのイルカは、いつもよりもぞんざいに髪を結い、部屋着の下だけを着けて戸口に現れた。
「こんばんは、ヤマトさん」
「こんばんは、夜分にすみません。…先輩、いますよね」
「ええ。どうぞ」
気だるげに微笑み、後れ毛をふわりとなびかせてヤマトを招き入れる彼は、昼間とは別の生き物に見えた。

勧められた座布団にヤマトが腰を下ろすと、イルカはお茶でも淹れます、と再び立った。
おかまいなくと言う間もなく、奥の方に「お客さんですよ」と声を掛け台所へ向かう。
残されたヤマトがもじもじと居住まいを正していると、のそりともうひとりの男がこれもまた半裸で姿を現した。
「無粋だねえ、おまえも」
出合い頭に詰られてヤマトも思わず反発する。
「ボクだって好きで来たわけじゃありません。それに、これでもタイミングは計ってたんです」
「わかってるーよ、気配でせっつくなんて小技が無粋だって言ってんの。ほんとはあんなに早くないからね、オレ」
「はいはい」
情事の名残を隠そうともしないどころか、露悪的なまでに明け透けな物言いにヤマトはため息をついた。
この人、こんな人だっただろうか。

そこへイルカが髪をきちんと結い直し、服も着込んで茶を運んできた。
ふたりの前に茶を置くと、目礼だけを残してまた奥へと姿を消す。
茶を啜りながらそれを見送ってから、カカシはヤマトに向き直った。
「で?」
「呼び出しですよ。というか、直行して欲しいとのことです。ボクとツーマンセルで。指令書は預かってきています」
「休みなんてあってなきがごとし、か」
カカシは大仰にため息をつくと、腰を上げてこれも奥の間へと消えていった。

猫舌のヤマトが茶をいくらも飲み干さないうちに、装備を調えたカカシが再び姿を現す。
おそらくイルカが支度を手伝ったのだろう。
「じゃ、行こうか」
玄関口に下り立ったふたりを、上がり框からイルカが見送る。
「お気をつけて」
控え目に頭を下げる彼は、火打ち石でも打って武運を祈ってくれそうだ。
カカシがその頬についと手を伸ばすのを視界の隅で捉えながら、ヤマトは一足先に外へ出た。
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